2013年8月10日土曜日

I project

「計画の進行度合いは?」

 開口一番、Mr.Hは言った。
 最近のMr.Hはいつもそうだ。Iプロジェクトのことばかり気にしている。
「順調です」
 いつもどおり、私はそう答える。
「きっとうまくいくでしょう」
 そう言って、やっと仕事の話が始められるのだ。

「いつになったら完成するのだろうな」

 別の仕事の合間にも、Mr.HはIプロジェクトのことばかり気にしている。
「きっとうまくいきますよ」
 いつもどおり、私はそう答える。
「あの計画は、我々の組織だけに重要なのではない。もしかしたら、我々の世界を変えてくれるかもしれないんだ」
 Mr.Hの目は虚ろだ。すっかり計画にとり憑かれてしまっている。
 同時に進行する様々な任務のことなど目に入っていないかのようだ。

「これは計画とどう関係するんだ?」

 ついにMr.Hは他の任務の時にまで、Iプロジェクトのことばかり気にし始めた。
「え、それはどういう?」
 さすがにこれは私も受け流すことが出来なかった。
「寝ぼけているのか?今、組織は計画に全力を注いでいるはずだ。関係ないはずないだろう」
 Mr.Hは冗談を言っているわけではないようだった。
 Iプロジェクトの呪いはだいぶ進行が進んでいるようだ。

 呪い。
 
 いや、亡霊といったほうが適当かもしれない。
 規模が大きく、組織内でも最も期待された計画だった。
 だがIプロジェクトは既に存在しない計画だ。
 プロジェクトの中止が宣言され、プロジェクトメンバーは解散され、評価の高かったサブプロジェクトは別名称のプロジェクトとして継承された。
 そしてMr.Hはそのプロジェクトの中核にいた。
 計画が死んだことは、知らないはずがない。むしろ、計画中止前には中止の阻止に、後には計画復活や継承計画の立ち上げに奔走したのだ。
 けれども、Mr.Hはそんな事がなかったように振舞っている。
 Mr.Hがおかしくなってから、私は何度も、計画が死んだことを告げた。
 けれども、彼は信じなかった。

 笑い飛ばしたり  「そんなわけないだろ」
「計画が消えるはずがない!」  殴りかかってきたり
 泣いてみたり   「あれは救世主なんだ。私を救ってくれるんだ」
「…………」   無視してみたり

 ついには私は諦めて、Mr.Hに適当に合わせることにした。
 彼は亡霊の呪縛から逃れることができるのだろうか?
 彼は本来の任務を見失わないで要られるだろうか?
 全ての計画がIプロジェクトに見え始めた彼はどこに向かうのだろうか?