2012年6月19日火曜日

無計画リレー小説 第拾話

あやまり堂

【各話おさらい】
無計画リレー小説について
1話 2話 3話 4話 5話
6話 7話 8話 9話

【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。

**********


 美園軍司が敵の大軍へ突入し、真ん中で大暴れしている間、
 勇太たちの前に、すだちの頭を持った少年がやって来た。

「やあ、僕はすだちくん。徳島県のマスコットさ。よろしくね」

 赤いマントをひるがえし、にこにこと笑いながら、緑色の怪人はえっへんと胸を反らした。

「ほら、第六話だったかな。ぎゅうって絞られて、ぱらぱらと空から降ってきたのがあったでしょう。
 あれ、僕だったんだ」
「……」
「何て言うか、別にこの形を取る必要はなかったんだけどね。
 でもさまざまな条件で、僕はこの姿になった。展開によってはミニスカートをはいて、
 惜しげも無く太ももをさらす萌えキャラになっていたかもしれないけど……、仕方ないね」

 彼方では、美園軍司が金色の光を帯びながら、化物どもを次々と打ち据えている。
 一撃で、数十人の敵がぶっ飛んだ。
 ネギに白菜、大根、苺。軍司が振り回すたび、敵がボコボコだ。
 もう、何が何だか分らない。

「強いね、彼は」
 すだちくんは言った。
 二人の困惑など完全に無視している。
「君が考えたのだから、美園軍司が無敵の超人になるのも当然さ。
 でもそれで、次はどうするんだい? もちろん、このまま終ることもできる」
「どうするって……?」
「みんな飽きちゃったのか、手に負えないとしたのか、とにかくリレーが続かなくなっちゃったからね。
 僕はそれで出てきたんだ。このまま尻すぼみで消えるのは、僕としては気持悪いからね」

「そんなこと……」
 私たちに分るわけがない、とさおりは言った。
「私たちは無力だから」
「そうだね、無力だ。でももちろん僕だって無力さ。誰かが続けてくれないと先へ行けないのだから」
「でもこんなことは前にもあった。六話から七話に進むのに、一ヶ月半もかかった」
「それは違う。その期間は、書き手の中で物語の展開、つまり無計画性が揺れていた時間だ。
 次の書き手が一ヶ月も名乗り出ないのは、今回が初めてだよ」

「すだちくんは――」
 勇太が呼びかけると、途端に白目を剥いて振り返った。
「あ、呼び捨てか?」
「……」
 勇太、さおりと目を見合わせて、
「えと、すだちくんさんは――」
「うん、何だい?」
「何ていうか、上位の存在なの? メタ存在っていうか……」
「意味が分らないな。僕は単にこの世界で語られているものに過ぎない。
 複数の階層に存在する複数のジョイスも、あそこで戦う軍司も、君の祖父の繁も、
 結局は、語られている世界内の存在に過ぎない」

 すだちくんはすべてをひっくるめて、解決しようとしている。
 強引に。

「ここで物語を終えるなら、そうだね、美園軍司はあのまますべての敵を撃破して、
 ついでに世界の殻も破って外へ飛び出して行くだろう。
 あるいは唐突に巨大化した君が、世界を崩壊させても良い。君たち二人の愛で世界を包むことも可能だ。
 つまり僕という存在が現れた以上、この世界はどういう要素をもとにしても、終ることができる。
 むろんそれは、第二話で提起された『勝つか負けるか』という観点からは『負け』になるけどね」

「じゃあ、終らないことにしたら……?」
「物語が続くのなら、僕はこの世界を浄化する。
 僕の香りなら、前に怪物を退治した時みたいに、この混沌とした世界を清めることができるからね。
 当然、それをひとつの終りとすることも可能だ」

「そう、すだちは香り……」
 さおりが呟いた。
 かすかに、喘ぐように。
 青果店の娘として、父親が戦うのを見ていられないのかもしれない。

 肩をふるわせ、前へと進みながら、
「すだちは、香り成分が多く、深いのが特徴。
 レモンを遙かにしのぐ、そのすがすがしい香りは12種類のモノテルペン類の複合香からなり、
 他の柑橘類には含まれない『スダチチン』『デメトキシスタチチン』さえも含んでいる……」

 そしてさおりは泣いた。
「お願い、すだちくん! この世界を、すだちの香りで満たして!」
「了解だ。じゃあ、きっと誰かがまた続きを書いてくれることを祈って、僕は僕を絞るよ」
 そう言うと、すだちくんは右手を高く掲げ、ぴょんと飛び上がった。

 そう。
 彼はもともと、東四国の国体キャラクターに過ぎなかった。
 暫定的な存在。
 それどころか、応募1574作のうち、一次審査で落とされたキャラクターなのである。

 だが見出されるやたちまち人気者となり、今や全国的な知名度を誇るに至った。
 東京、目黒のさんま祭りにもこの十年ほど、毎年登場している。

 ちなみに宿敵は、かぼすちゃん。
 大分県特産の、紛らわしい奴である。

「すだち、シャワーッ!」

 上空で、すだちくんが両手両足を伸ばし、叫んだ。
 そして空中でぐるぐる急速回転し始めると同時に、戦場へ雨が降り注ぎ、
 すっぱい、強い芳香が広がるのである。

「アルファ・リモネン……」

 さおりが呟いた。
 頬を伝うのは涙か、すだちか。

 リモネンの醸し出す香気には、心気を整え、ストレスを緩和する効果がある。
 そして柑橘類が持つクエン酸には、疲労回復、美肌効果があった。
 すなわち、すだちの香り広がる戦場に、やすらぎが訪れた。

 おぞましい世界がおだやかに、安らかに沈んで行く。
 勇太たちを取り囲む大軍勢も、それと戦う軍司の姿も、曖昧に、あやふやに消えて行く。
 世界が消える。


 ……やがて勇太たちは、あのなつかしくも陰気な古本屋に戻った。

 そこはつまり、終幕と継続の狭間である。



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※作者註:かぼすちゃんは、存在しません。

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