2012年5月26日土曜日

いいてんき。 晴れだよ。タオルを洗ったよ。

その時 私は高校生だった…

高校生のころ 学校とは別に 
ちょっと???と思うような
付き合いをしていた人たちのことを 思い出す。

そのころ 私は大学生主催の
「漫画同好会」なるものに入会していた。

漫画家になりたい と思う人のための同好会だけど
活動的には あまりたいした事なかったような気がする。

まとまった作品を発表していたのは
その同好会の会長だけだったし。
月いちの会報 と ときどきオフ会もあったりした。

オフ会は一度だけ参加した
なぜか 高尾山に登ったんだよね 。。。

今思うと 変な企画。。
漫画家志望の集まりなのになぜ山に登るのか?

その後は その時に仲良くなった人と 時々会った。

今考えると 微妙に変なのでちょっと思い出してみる。

ちょっと変な3人 一人は なんか華奢なきれいな顔をした男の人で
彼の仕事はなんだったのか? 

一度 夏の暑い盛りに
「夏祭りのポスターを描くんだ 手伝いに来ない?」 と誘われた。
なぜか 手伝いに行った。

特別、親しかったわけではない…
オフ会で一度会っただけだ。

その時 私はけっこう本気で
漫画家とか イラストレーターに憧れていたので
そういう商業用のポスターを描く現場を見たかったのだった。

。。。でも・・いってみたら 4畳半一間のアパートで 
彼が汗だくになりながら 描いていたのは 盆踊りのお知らせだった。

そして 私に手伝わせながら 「イラストレーターとは」を
えんえんと語っていた。

私は始めて使うスプレー絵の具で
肌色を塗ってね という指示に 
「はい」 と言いながら 青で着色して
盆踊りのポスターは いっぺんに お化け屋敷の宣伝になってしまった。

二人目のひとは ひげもじゃのおやじ。

だけど 実際は若かったんだよね。
彼は 一応プロの漫画家であった。

エロ漫画だけど。。
それも有名な…じゃなくて本当に怪しい販売機で売られるような本の
さらに代替用の漫画だった。

彼は新宿の喫茶店で私に
「漫画家になるには」を熱っぽく語った。 

 
三人目は女の人で このエロ漫画家の人と同棲していたが
もともと恋人なのかと思っていたら 例の高尾山のオフ会で
知り合ったんだって……

それを聞いたのは病院でお見舞いの時だ。

彼女は辛いものがとてもとても好きで……
タバスコを1本飲んで入院していたのだ。

。。何かにタバスコを一本かけたのでは ない!!
そのまま ストレートに 飲んだのだそうだ 
(  )ノ_...オエェ...

でも すごく元気そうでエロ漫画家のことを
見舞いにも来ない!! とののしり 
本当なら2本飲めるのだと
私に向かってひどく憤慨していた。

このあと さらに同じ同好会の中から
ちょっと変な人と知り合い
初めてのコークハイに うまいうまいとお代わりを続け
止められても 飲み続け泥酔し
飲ませてくれたその人のベッドに ゲロをぶちまけた。

映画好きの副会長の 映画マラソンにつきあわされ
朝から 最終まで映画を見続けた。
それもロードショーなんてしゃれたものではなくて
なんだか自主映画のような 誰も知らないような
そんなものだ。

たぶん 大学の友達の作った映画とか
そんなんじゃないかと思う。

彼らと会うと なんだかすごく非日常な気分になった。
今の高校生には そうでもないのかな。

あの頃はまだまだ 高校生なんて 世間も狭く
親の監視下に置かれたつまらない世界の住人だった。


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「すみや裏口」の前身
「rudoのあれこれ」より 抜粋。
あー 時は流れ
流れ
流れ
どんどん流れ
おぼれる寸前。

かわりに浮上中の娘っこは
本日 体育祭。
さっき覗いたら 障害物競走にて
米袋に 詰まっていた。


2012年5月23日水曜日

半鐘を鳴らす手(2)

近藤さんの体が痙攣しながら崩れていく。頚動脈を齧り取られては、もう意識はないだろう。今、この場では助けるすべもない。
 近藤さんは死んだ。
 だが、彼が言ったことは正しい。ゾンビの数がどれほどか分からないにしろ、出入り口を押さえられたら、俺たちは助けを待って篭城するのも難しい。それはあまりに絶望的だ。打って出るしかなかった。
 俺は安達を襲った検車員にもう一撃、自転車を振るい下ろしてから言った。
「安達、タイミングを見て俺に続け! ここを出る」
 自転車を槍のように腰だめで構える。目標は出入り口に座り込み、近藤さんの顔を齧っている年配の店員だ。
 開いている扉からは、検車場の広がりが見えた。無人だ。
「全員こっちだ! うおおおおおっ!」
 俺は雄たけびを上げて突っ込んだ。
 自転車の前輪が女店員の上体をとらえ、弾き飛ばす。俺は、その横を通過したあとに振り返り、さらに自転車を横振りして追撃する。
 女店員は転がり、柵状の自転車立てにぶつかった。
 出入り口からは、安達と今井が飛び出してきた。立川さんも続く。
 立川さんは出入り口の上に腕を伸ばしながら、ローラー室の中へ怒鳴った。
「村田、もういい! 防火シャッターをおろす!」
 俺の目の前では、首を振るって店員が立ち上がり、襲いかかってくるところだった。危険を承知の上でこいつを立たせた。立川さんと村田なら上手くやってくれると信じて。
「コイツも中へ!」
 俺はそう言いながら自転車で横殴りし、店員を出入り口のほうへ突き飛ばした。
 ちょうど出てきた村田とゾンビ店員が、出入り口で鉢合わせする。
 村田は一瞬ぎょっとしたものの、すぐに反応した。発達した太ももから前蹴りを繰り出し、店員もローラー室の中へ追いやる。
 立川さんが防火シャッターを下ろす。安達と今井が、近藤さんの遺体をこちら側へ引き出そうとしたが、それより早く中へ引き込まれてしまった。シャッターは冷厳に閉じられ、留め金をかけられた。
 俺たちは息もつかずに、周囲に視線を巡らせる。
 検車場は、直径一メートル以上の円柱数本によって支えられている、白い壁の広い空間だ。広場のあちこちには水色に塗られた自転車立てがあり、壁際に設置された棚には空気入れなどの工具が備えられている。
 さらに天井から吊るされている自転車も、まだ十台以上あった。
 今のところ、人影はない。
 俺たちは、やっと一息つくことができた。
 閉じたばかりのシャッターの向こうも静かだった。
 今井が眉根を寄せ、床の血溜まりを見つめながら呟く。
「近藤さん……今頃、奴らは……」
 確かに、そういうことだろう。奴らは近藤さんを晩餐にすることで夢中に違いない。
 しかし、俺たちがローラー室に篭っていたのは三十分がいいところだ。そのあいだに何が起こったのか?
 村田があごひげを擦りながら、俺と同じ疑問を口にした。
「まるで夢を見ているようだ。何が起きたんだ、この短時間に……」
「何が起きたかはともかく、まだ油断するのは早い。問題は、向こうだ」
 立川さんが言いながら親指で指し示す。
 血溜まりがあった。
検車場はその一角から通路上になって伸びている。扉などには区切られていない。短い上りのスロープと平坦な通路、二つの道がある。
スロープを上がると出走前控え室で、その先には白い敢闘門がある。出走前控え室の横で最終的な検車が行われるため、便宜上そこまでを検車場と呼んでいる。
平坦な通路の方は、ドームの他の区画へと続き、途中に管理室への出入り口がある。管理室とは控え室の別称で、俺たちは床に毛布などを敷き、レース当日においては一番多くの時間をそこで過ごす。
 立川さんは苦々しげに続けた。
「あそこで黒丸はやられていた。敢闘門か管理室か、あいつがどっちに向かおうとしたのか分からない。分かれ道の手前で倒れ、食われていたんだ。三人の競輪選手にな! そこへスロープの上からあの検車員たちが現れ、もっと新鮮な獲物を見つけて追ってきたというわけだ」
 安達がおずおずと尋ねる。
「黒丸の……その、遺体はどこに……?」
 立川さんはかぶりを振った。
「分からんな。だがこれだけは確実だ。向こうには……いる!」
 敢闘門近くにはレースを控えた十四人の選手に加え、運営員、関係者、テレビクルー。管理室にはレース三つ分の選手、二十一人はいたはずだ。なのに、俺たちへ異常を知らせに来る者は一人としていなかった。
 事態は静かに始まり、速やかに人々を圧倒したのだ。俺たちは運が良かったのかもしれない。まだ生き残っているのだから。
 俺は壁ぎわの工具棚に向かいながら言った。
「もう俺たちはゾンビと壁一枚さえ隔てていない。何人いるか知らないが、奴らを突破しなくちゃならないんだ。得物を探そう」
 そして、四十センチほどのレンチを片手に取った。ここにある工具の中では一番長さがあるものだった。
 安達が、誰のものか分からない自転車を自転車立てから外して言う。
「俺はやっぱりピストにするぜ」
 それも手だ。取り回しは悪いが、最も重要な長さがある。
 村田は前輪と後輪の外された、自転車のフレームだけになったものを見つけて言う。
「俺はこれにするわ」
 今井はため息混じりに自転車立てから自転車を外した。
 立川さんが俺と同じレンチを手に取った。
「俺と知己島はトドメを刺す係だ。そんな余裕があれば、だが」
 村田がフレームの持ち方をあれこれ試しながら言う。
「どこへ向かうんだ? 観客がゼロとはいえ、ドームの中にはまだ数百人いるはずだ。生き残りにこのことを知らせてやろう」
 俺は静かに言った。
「よそう、村田。これがどこから始まったのか俺たちには分かってない。俺たちがそうされたように、俺たちも自分の生き残りを最優先するんだ。ドームを脱出する」
 今井が訊いてくる。
「どこから出るんですか?」
 ここからだと近い道は二つ。管理室から地下通路を通り宿舎へ出るか、敢闘門からバンクに出るか。バンクに出ればアリーナの搬入口を抜けてもいいし、観客席からメインエントランスへ出ることもできる。他の関係者出入り口へは、遠いうえに入り組んだ通路を行かなければならない。
 俺は提案してみた。
「バンクに出よう。脱出口の選択肢が増える。観客はいないし、広い。足で逃げ切れる」
 だが、賛否を聞く時間はなかった。
 安達がうわずった声で小さく叫ぶ。
「く、黒丸……?!」
 みなが安達の視線を追った。
 ちょうど通路状の部分が始まるところ、床の色が緑から青に変わる場所に、黄色いシャツの黒丸がいた。
 黒丸は両腕と両足を失い、短くなった四肢で這っていた。
 片目を失った顔をのけぞらせて、唸り声を上げる。
「ヴぉおおおおおッ!」
 その途端、ローラー室を隔てている防火シャッターも、内側からガシャガシャと打ち鳴らされた。
 やつらがどれほど連携をしてくるのか分からない。けれども、俺たちに猶予がなくなったのは確かだった。
「バンクに出るぞ! 全員、敢闘門へ!」
 立川さんの号令と共に、俺たちはそれぞれの得物を持って走り出した。
「黒丸ッ!」
 這い寄る黒丸を安達が自転車で張り飛ばし、俺たちはスロープの上り口に達した。
 スロープを上がった先の広場には赤い円柱が並び、自転車立てとベンチが設置されている。その左側の奥がバンクへの扉、敢闘門だ。 右側は、柵と段差で隔てられている平坦な通路が続き、管理室がある。
敢闘門近くまでと、管理室の出入り口までが見渡せた。
 敢闘門までのあいだに十体、段差の下の通路には十体以上いる。
 ヘッドセットを付けた運営員に、スーツを着た関係者、それに色とりどりのシャツを着た競輪選手。誰もが致命傷を負い、血だらけで腐りかけていた。
 競輪選手は、出走予定者の数に比べるとずっと少ない。だが、顔見知りばかりだった。
 山田、森、平瀬、秋田、山口、高田、糸久……みんな腐っちまいやがって!
「うおおおおおおッ!」
 俺たちは雄たけびを上げ、全員一丸となって突進した。
 スロープを登りきった場所に一体立っていた。
 そのゾンビを、村田が自転車のフレームでなぎ払う。ゾンビはもんどり打って、下の通路に転げ落ちた。
「ヴォオオオオオッ!」
「ヴォオオオオオッ!」
 敢闘門周辺にいたゾンビたちが俺たちに気付き、よたよたと走り寄ってくる。
 俺は叫んだ。
「怯むな! バンクに出ればこっちの勝ちだ、ゾンビを下の通路に叩き落とせ!」
 安達と村田が自転車とフレームを振り回す。ゾンビの腐った肌をこそぎ落としながら、下の通路に落とそうと苦闘する。
 俺と立川さんはレンチを振るい、下の通路から柵を越えて上ってくるゾンビを叩き落とそうとしていた。
 腐敗臭のなか、じりじりと進んでいるものの、腐肉の包囲は厚かった。
 村田が大声で言った。
「寄せ付けないのがやっとだ! このままじゃ……」
 安達も喘ぎながら叫ぶ。
「コイツら足腰がしっかりしてて上手くいかない!」
 くそ、人手が足りない。
 ……そういえば、今井はどこだ?
 俺が今井の身を案じはじめ時、背後からリズミカルにペダルを回す音が聞こえた。
 自転車が猛烈なスピードで、俺たちから離れた場所を通り過ぎていく。
 今井だった。
 今井め、最初から後ろにいたのか! 俺たちを囮にするつもりで!
 ゾンビに包囲された俺たちなど意に介さず、今井の自転車はまっすぐ敢闘門へ向かっていった。

2012年5月15日火曜日

さあ、選んでくれたまえ。[ロゴ編]

<2012.05.15>
嬉しいことに、今回また素敵なロゴデザインがこんなにも集まりまして、デザインを送ってくださった皆様、宣伝・応援してくれた皆様にはいくら感謝してもしたりません。ありがとうございます! ありがとうございます!

この中から、どれか一つに決めなければならない――というのが辛いところですが、投票を始めさせていただきたいと思います。
(選ばれなかったデザインも、いつかどこかで使わせてもらえないかなあ……とかとか考え出してしまう、悪い癖がー。)

【投票方法】
このページの上部にある投票枠で、どれか一つを選んで、ポチッと。

【投票期間】
5/22――くらいまで。
詳細な投票終了時間は、投票枠の表示をご確認ください。

【ロゴ表示方針】(5/19追記)
あやまり堂さんご提案のロゴのランダム表示、トップページでならできそうです!
ご提案いただいたロゴデザインは、全採用とさせてください。
(ご提案くださった皆様、ありがとうございます! ありがとうございます!)

開催中のロゴ投票は、作品ページなどに小さめに表示するロゴを選ぶためのもの、と考えていただけたらと思いますー。
(それももしかすると、模様替えなどであれこれ使用させていただく可能性も……?)

【デザイン一覧】
・山田佳江さん案
・蟹川森子さん案
・リバモリウムさん案1
・リバモリウムさん案2
・茶屋休石さん案
・U.C.O.案
・takadanobuyukiさん案

――さあ、選びかねるだろうが、どうにか選んでくれたまえ。さあ、さあ!



<2012.05.23>
ご提案者・ご投票くださった皆様、誠にありがとうございましたーーー。
投票開設後にロゴのランダム表示のご提案をいただきまして、それは面白い、やってみましょうか……となってからは、投票の方の緊張感が少し薄れてしまったような気もいたしますが、何はともあれ、このような結果となりました。

山田佳江さん案      1票
蟹川森子さん案      0票
リバモリウムさん案1   1票
リバモリウムさん案2   2票
茶屋休石さん案      3票
U.C.O.案         1票
takadanobuyukiさん案   3票
総投票数:11

最多得票デザインが複数となってしまいましたが、今回はとりあえず決選投票は行わない予定です。
ご提案者の皆様には、具体的な表示形式など決まりましたらまたご連絡させていただきますのでよろしくお願いいたしますー。

2012年5月12日土曜日

無計画リレー小説 第九話


【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。




 James・J・ James
 ジェイムズ・ジェイ・ジェイムズ
 じぇいむずじぇいじぇいむず
 ジェイムズはジェイムズであってそれ以外の何者でもなくジェイムズである。
 ジェイムズのものはジェイムズへ。
 イサクの息子にしてイスラエルの民の祖、ヤコブの名に由来するこの姓名、様々な変遷をたどり多くの国の言葉に兄弟を持っている。
 英語ではジェイムズ、あるいはジェイコブ。親しければジミーにジム。
 姓と名前、両方に適用できる名詞ということでやはりというか、案の定というか、ジェイムズ・ジェイムズというハープ奏者が現実にいたりもする。
 そしてまたややこしいことにジェイムズ・J・ジェイムズという作家がいる。
 Jと記載されているミドルネームが何ぞやというのが大いに気になるところではある。
 やはりここはジェイムズであろうか。あるいは全く関係なくジョシュ、ジェイソン、ジャックにジョンなどといった全く期待はずれなものかもしれない。
 何の意味もなくジェイというのもありえなくはない。
 もしかしたらJudahなんてことも……?ユダ……猶太……勇太?
 いや、まさまさか、そんなわけ……。

 閑話休題

「まだ、その時ではなかろうて」
 一雄の鳩尾を強打した拳の主は、金髪碧眼の男。右腕だけが奇妙に肥大化し、鉱物を思わせる鉛色の光沢を持っている。
 ジェイムズ・J・ジェイムズである。
「ぐ、とうとうこの階層まで登ってきたか」
「たやすいこと、これだけ物語が無計画に拡大して行けば、もはやメタ階層とて安全ではないのだよ」
 動揺の色を顕にする一雄に対して、繁は落ち着き払った調子でジェイムズを見据えている。
「無理はするものではないぞ、ジェイムズ」
「無理?何のことかな?」
「では、問う。貴様の真の名は?」
「馬鹿な。我が名はジェイムズ。ジェイムズ・J・ジェイムズである!」
「はずれだ」
 金色の髪が次第に色を失い、碧色の目に濁りが生じる。はっきりとしていたはずのジェイムズの存在感は次第に薄れ始め、ぼんやりと、とらえどころのないものとなる。
「貴様ぁ何をしたぁ!?」
「たとえ偉大な作家であろうとも、己自身の物語を諦めた貴様等に我が孫が負けるはずがないのだ!往ね!ここは貴様の来るべき場所ではない!!」
 遠くまで響くような断末魔。
 とても遠くへ響いていく。
 とても、とても、遠い場所。
 例えば、火星とか。

「ジェイムズの反応が消えたよ、ジェイムズ」
「やはりまだ早すぎたのかな、ジェイムズ」
「ジェイムズの代わりはいくらでもいるよ、ジェイムズ」
「そうだな、ジェイムズ」
 火星の丘の上、5人のジェイムズが天を仰ぎながら、感情のこもらない言葉を交わしている。
「目標の様子はどうだ、ジェイムズ」
 男型のジェイムズが問う。
「やっと目を覚ました様子だよ、ジェイムズ」
 女型のジェイムズが答える。
「ではまずは小手調べといこう、ジェイムズ。量産型ジェイムズを目標を中心とし円周上に展開。対角線上の味方に注意しつつ、包囲、そして潰せ」
 男か女かわからないジェイムズが指示を出す。
 それをもはや人間の形ですらないジェイムズが原稿用紙に書き連ねていくのだ。
「軍神の星で戦争なんてなかなか粋な展開じゃないかね?ジェイムズ」

 目を覚ませば何時もと変わらぬ火星があって、いつもと変わらぬ光景が、広がっていなかった。
 白色の鎧に身を包んだ何者かが、勇太たちの様子を窺っている。手には銃をもち、鎧の方には「J」の文字が刻まれている。
 その兵士たちが全方位に一定間隔で並んでいる。
「味方?」
「そんなわけないでしょ」
 兵士たちはじりじりと距離を詰め始め、勇太達を射程距離に捉えつつある。
「さおり、大根は!?」
「この前全部おろしちゃったわよ!」
 慌てふためく二人を他所に、ジェイムズたちの進軍は止まらない。
「考えて!」
「え?何を!?」
「思い描くの!思いつく限りの強い武器を!強い兵器を!そして宣言するの「いでよ!」って」
 さおりの意図はわからなかったものの問い返すことはやめた。
 いつだってさおりは間違っちゃいない。
 間違っているのは何時も……。
 邪魔な考えを振り払い、今は思考に集中する。
 武器、兵器、強いやつ。
 ジェイムズたちは立ち止まり銃を構える。狙いを定め、引き金に指をかける。
「いでよ!」
 その時、突然閃光が走り、一陣の雷が勇太とさおりの目の前に落ちる。
 小さなクレーターの中心に男の影があった。
 長身にして、筋骨隆々、頭にはねじり鉢巻、腰には褌、それ以外の衣は身につけぬ。
 褌には威勢のよい「美園屋」の文字。褌ひるがえし、振り返った男の顔には見覚えがある。というか、そんなレベルじゃない。
「お父さん!?」
「おじさん!?」
 火星に現れた男は、美園さおりの父、美園軍司である。
「おぉ!さおり!それに勇坊じゃねぇか!うほっ、しばらく見ねぇ間にいい男になったじゃねぇか!」
 勇太は心強さを覚えるとともに、背中にうすら寒いものを感じた。



(つづけ)


半鐘を鳴らす手(1)

四月十四日、午後九時。
 福岡県北九州市小倉北区、北九州メディアドーム。
 その時、俺たち七人は全員、ドーム二階にあるローラー室でウォーミングアップを行っていた。
 ローラーはルームランナーの自転車版だ。鋼鉄のローラーの上に自転車を置き、筋肉の具合を確かめながらペダルを漕ぐ。
 俺たちが出走するのは十一時十七分。
 今日の最終戦であり、今回のミッドナイト競輪の決勝だった。
 全員がA級一班に所属し、昨日の夜中に行われた予選で一位を取っている。
 下は二十六歳の安達から、最年長は四十二歳の立川さんまで、誰一人とっても侮れない。
 だが、俺ももう二十九歳。今がピークだと感じる。S級入りを目指すならば、今日も勝つしかなかった。
 そろそろウォーミングアップも十分だ。
 そう思ったとき、同期の村田が俺の横に立ち、首をひねった。
「なんだ? どよめきが聞こえないか、知己島……」
「どよめき?」
 俺は脚の回転をゆるめ、ゆっくりと車輪を止めた。バーをつかんで身体を支え、耳を澄ます。他の選手がローラーをまわす音しか聞こえなかった。
 ペダルから足首を外しながら村田に言う。
「特にどうっていうことはないな。どんな感じだった?」
「どんな感じって……、このメディアドームでどよめきって言ったら、観客の歓声しかないだろ?」
「空耳だ」
 俺は断定した。
 観客の歓声などあるわけがない。
 普通のナイター競輪とミッドナイト競輪の違いは、ただ時間帯だけじゃない。
 経費削減のため、ミッドナイト競輪では一人の観客も入場させないのだ。投票券は電話とネット回線を通じてのみ発券され、レースの模様は放映によってだけ観戦できる。
 観客のいない閑静としたドームのなか、俺たちは真夜中のしじまを貫いて戦う。
 今もバンクではレースが行われているが、どよめきなど起こるはずはなかった。
 俺は言った。
「レースに対する集中力が高まってるんだな。武者震いみたいなもんさ」
「そんなもんかねぇ……」
 村田の呟きの半分は聞こえなかった。
 ローラー室の中央あたりから、ガシャンと大きな金属音が響いて、彼の声を掻き消したのだった。
 見ればローラーの立ち並ぶあいだの床に、金属製の格子が落ちていた。
 天井の換気口から外れたらしいが……。
 日焼けした肌の立川さんが、ドリンクを片手に様子を見に行く。
「こんなもの、自然に落ちるわけないだろう、おかしいな……」
 立川さんは格子をつま先でつついた。それから換気口の真下に立って、上を見上げる。
 そこへ、人間の上半身が落ちてきた。
 腰から下はなく、脊椎と大腸の切れ端が揺れている。その血まみれの上半身は、信じ難いことに生きていた。
「ヴぁあああああぁーッ!」
 半身は立川さんにしがみつき、獣のような唸り声をあげて盛り上がった肩に齧りつく。
 俺は驚いて自転車に足をひっかけてしまって、尻餅をつくことになった。
「なんだ、コノヤロー!」
 立川さんは怒声を張り、半身を引き剥がそうともがく。
 村田と今井が駆け寄って、もみ合うようになったかと思うと、生ける上半身を床の上へ放りだすことに成功した。
 その生皮を剥がされたような赤黒い頭部に、一番若手の安達が自転車を振り下ろす。
「コノヤロー! コノヤロー!」
 安達は叫びながら、何度も自転車を打ちつけた。俺たち競輪選手は上半身の筋力だって相当なものだ。安達の自転車はあっという間に車輪が歪み、使い物にならなくなる。
 生ける半身の頭が割れ、その動きとうめきが止まった。紫色に変色した脳漿がはみ出している。
 安達はフレームの変形した自転車を投げ捨て、放心したように立ち尽くした。
 俺も立ち上がり、恐る恐る近づいていく。
 このローラー室にいた七人全員で、死体を取り囲み、見下ろす。鼻腔にまとわりつくような腐敗臭が、辺りを満たしていた。
 荒い息をつきながら、立川さんが言う。
「怪我はないか、みんな?」
 村田と今井が無事と答え、俺たちの目は立川さんに向けられた。
 立川さんの体は黒い血糊でべったり濡れていたが、彼は気丈に言った。
「俺もプロテクターが無かったらまずかったな……怪我はない」
 ここにいる七人のうち、俺も含めた半数は、レースのためにプロテクターを身に着ける。シャツの下にはポリカーボネートの鎧があったのだ。人間の噛み付きくらい防げる。だが、眼下に横たわるこの存在はなんなのか?
 割れた頭から脳髄を溢れさせる、ボロ雑巾のように傷んだ人間の上半身。顔は腐敗と損傷が激しくて、年齢がわからない。汚れたワイシャツとネクタイを着けていることから、換気口に入って作業をするような者だとも思えなかった。
 立川さんに次ぐ年長者、三十三歳の近藤さんが呟く。
「コイツは何なんだ……?」
 俺は口をつぐんで一つの単語を飲み込んだ。
 ゾンビ……。
 それ以外に何がある?
俺の右に立っていた安達が、頭に手を当てて嘆息する。
「お、俺、やっぱり人を殺しちまったのか……いや、でも……」
 俺は安達の肩をつかんで言った。
「しっかりしろ、安達! こんな状態で生きてる人間がいるか! こいつは……」
 俺は断固として続けた。
「こいつはゾンビだ!」
「よせよ、知己島」
 近藤さんが呆れ顔で言うのに、今井も続いた。
「ゾンビなんて理屈が通りませんよ、知己島さん……」
 俺は二十七歳の今井に言い返す。
「理屈っていったか、今井。身体を真っ二つにされたうえで、こんなに腐り果てた人間が換気ダクトの中を動き回ってる理屈があるのか? こいつは昨日今日に死んだ奴でさえない」
 立川さんと村田は、思案顔で黙っている。
 安達と同期、同い年の黒丸が言った。
「どっちにしろ誰か呼んでこないと。死体があるんだから、警察にも連絡しなきゃ」
 黒丸は踵を返して走っていく。
このローラー室を出れば、車両を整備する検車場だ。検車場は広く、敢闘門までつながっている。敢闘門、つまりバンクへの出入り口まで行けば、確実に連絡が取れる。
 俺たち競輪選手はレースの前日から、このドームに隣接された宿舎に入らなければならない。携帯電話などの通信機器を持ち込むのは禁じられ、外部との連絡は手間がかかる。
 もっとも、こんな状況に陥ることは前代未聞だろうが。
 警察と聞いて青ざめた安達を励ます。
「安心しろ安達。お前は全員のためにやったんだ。今度は俺たちが守ってやる」
 ゾンビには懐疑的な近藤さんも続く。
「そうだな。それは確かだ……」
 その時、遠く低い悲鳴が聞こえた。
「黒丸!」
 口々に叫んで駆け出そうとする俺たちを、立川さんが押しとどめて言う。
「待て! 俺が様子を見てくる。みんなで危険を冒すな!」
 足音を立てないような小走りで、立川さんが両開きの扉を抜けて行った。俺たちも扉の近くに待機する。固唾を飲んで待つこと数秒。足音も高く、立川さんが扉から飛び込んできた。
「黒丸は手遅れだ! 来るぞ、動きが早い!」
 俺たちは浮き足立った。
「武器になるものはないか!」
 誰かの叫びに安達が応える。
「ピストしかねぇ!」
 安達はひしゃげた自分の自転車の代わりに、黒丸の自転車を持ち上げた。
 俺たちはそれぞれ自分の自転車を持ち上げ、大鎌のように構えて待ち受けた。
 何が来るのか直感では理解しても、理性がやはり途惑わせる。
 自分たちの滑稽さに力が抜けかけた時、扉を弾くようにしてそれが現れた。二体のゾンビが。
 片方は首がちぎれかけてぶらぶらしている。もう一体は腹がぱっくりと口を開け、内臓が無くなっていた。手には大きなスパナを持っている。
どちらも白いシャツに水色のズボンを身に着けているし、顔に見覚えがあった。検車員だ。さっきまで生きて仕事をしていた人間が、傷だらけですでに腐りかけている。
 言葉をかけたくなった逡巡を突かれた。
「ヴォオオオオオオオォッ!」
 ゾンビが唸りをあげ、一番前に出ていた安達に向かってスパナを投げつけた。
 意外な行動に面食らった安達が、ゾンビの突進を受けて押し倒された。
 だが、安達は腕を突っ張ってゾンビの上体を押し上げる。
 俺はそこをめがけて、なぎ払うように自転車を振るった。
 ゾンビは安達から離れ、ローラー台の上に倒れこむ。
 俺はさらに自転車を振るい下ろしたが、ローラー台の横にあるバーが邪魔な上に、腹筋のこそげ落ちたゾンビが起き上がろうとする動きは、まったく予測しにくかった。
 とても頭を潰すほどの打撃は与えられない。
 もう一体は立川さんと村田、今井が相手にしているが、そっちもうまくいってなかった。
 なんとか自転車をふるって千切れかけた首を落とそうとしているようだが、四肢のそろった相手にふらふら揺れる自転車の前輪では分が悪い。
 抜け目なく出入り口の扉に立っていた近藤さんが叫ぶ。
「ローラーを出るんだ! ここは袋で逃げ場がない!」
 直後、近藤さんの背後から、皮膚のめくれた灰色の腕が巻きつけられた。その腕の持ち主が近藤さんの首筋に喰らいつく。
 検車場に併設されている売店の女店員だった。

くらげ子後ろ姿

くらげ子後ろ姿

2012年5月2日水曜日

無計画リレー小説 第八話


【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
唯一髪‥‥モヒカン。


「勇太……!勇太……!気がついているかっ!? はあはあ……。」
連呼される自分の名前。その声の息づかいからは、何かとてつもないものと戦っているような情景が伺える。目を覚まさなければならない、そう確信をするけれども自分の瞼は閉じたままだった。

・・・

「ジェイムスよ!勇太を火星に展開したな!……勇太は……わが子は、一ヶ月間も彷徨っていたんだぞ!」
微かに聞こえる一雄の声。その声は恐怖か哀しみか定かではないが、震えているようだった。
「一雄、お前の葛藤もわかる。だが、ここは耐えるのじゃ」
じいちゃんの声も聞こえてくる。ふたりは自分の前に立ちふさがり、守ってくれているかのようだった。

「いでよ、唯一髪!姿を表わしたまえ!」
一雄は呪文のように叫び、念ずると両手を天へと掲げる。

「一雄!ならぬぞ。ふれてはならぬ。唯一髪、所謂このセカイをつくりし者へは……」
「しかし、親父!平穏な日常に執筆を催促するということは、過剰なストレスを生み出す!実際、勇太は一ヶ月も悩まされ続けた!」
「それは違うぞ、一雄。あのお方は救うてくれてるのじゃ。新たな優しきストレスのようなものは、日常を変えることのできる贈与性に等しいのじゃ」
「……し、しかし親父!参加ルールは書き手の意思に委ねるもの!しかも、今回はハングで名指しされっ……」
その時ふたりの会話を遮る巨大な拳が、一雄の鳩尾に食い込んだ。

「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

(つづく)

その 向こう。



待ち合わせた時から ずっと 優菜は機嫌が悪かった。
「何だよ、折角久しぶりに会えたのに」

就職してからは遠距離になった。このGWに会えるのを楽しみにしてたのに 何だか酷い。
ずっと夢だった小学校の先生になれたっていうのに
電話でもメールでも このごろ愚痴ばかり聞かされる。
最近は 何をどう返事したらいいのかも解らない。
いい加減な返事をすると怒るし こうだと思うことを言ったら
あなたは今のこどもたちについて何にも解ってない、と責められる。
黙って聞いていたら 何か言ってほしいと 泣かれてしまう。
疲れてるのは解る。
会ってぎゅっと抱きしめたらきっと・・・なんて想像も 今思うと馬鹿みたいだ。

「いじめられてる子がいるの」

靴に泥を入れられたり 物を隠されたり 鉛筆折られたり。
─ああ、そういうの 昔っからあるよな。
ついそんな返事をしたら あきらかに優菜の目つきが怖くなった。
「相談されてるの?」
「いじめた側が認めないとか?」
「親が出てきたとか?」

優菜はテーブルのナプキンを細かく細かくたたみながら
長い間 返事もしない。
「全然 違う」
ぽそりと言う。抑揚のない声。

「じゃあ 何?」

「本人よ、そのいじめられてる子が…」

何とも思わない、別に気にしない。
しいて言えば 今度入学する妹に知られたら嫌だ とか。

別に死んでもいいとか言うの。表情変えないで。



聞いてないよ、聞くわけないじゃない。
死にたいと思う?なんて。
私 これでも ちゃんと先生やってるよ。
子供の心傷つけないよう 言葉選んで。 みんなどの子も平等に大事にして。

死にたいと思う?なんて 聞くわけないじゃない。
誰がそんなこと聞くのよ、誰がそんな風に・・・・。

優菜が勢いづいて喋りつづける。手が細かく震えている。
顔から血の気が引いて怖いほど青ざめている。

その子が言ったの。急に私の目を見て。それまでどこ見てるか解らない目をしてたのに。
『死にたいと思うか…って?』
そして それに返事をした。自分で。

誰が聞いたの?そんな恐ろしいことば。



その子の空耳なの?その子の中の誰かなの?
ねぇ 誰がそんなこと・・・・。

あたしなの?あたしの中の誰かなの?
こどもの頃の あたしなの?

熱に浮かされてうわごとでも言っているかのような優菜の様子に
テーブルひとつ挟んだだけのはずの 僕と優菜の距離が 
どんどん遠くなる。


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お久しぶりです。
初投稿で空気読んでないのではないか ドキドキのすずはらです。

お気づきのように 住谷さんの前出の「あなたのとなりの物語3話目」から
派生した物語(?)です。
住谷さんの投げるのは直球のように見える実はもの凄い球で
それを拾って あさっての方向に投げさせてもらいました。
こんな風にして最初に書いたのは2005年のことなので もう7年も前になります。
歳とるわけだ。

書くことをOKしてくれた住谷さん、ここに参加させてくれた皆さんに感謝です。








2012年5月1日火曜日

無計画リレー小説 第七話

【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。


 気がつくとそこは火星だった。
 見渡す限り荒涼とした大地が続いている。岩と砂で埋め尽くされた赤茶けた大地。その風景は、子どもの頃読んだ学習雑誌に載っていた火星のイラストと良く似ていた。
「知ってる。この光景……」
 勇太は、呟いてから気がついた。いつの間に火星に来たんだ?さっきまで塩焼きさんまにつかまっていたはずなのに。
 いやまて。
 火星だけじゃない。さおりはどこからあらわれた? じいちゃんは、どこからあらわれた?赤剥けの怪物も、ジェイムズ・J・ジェイムズも、唐突にあらわれ、唐突に消えて行った。まるで夢みたいに。
「夢にしては、あちこち痛いけど……」
 打ち身や擦り傷、それに所々火傷をしているようだ。応急手当くらいはしたいところだが勇太は手ぶらだった。
「救急箱でもあればな」
「はい、救急箱」
 見るとさおりがリュックから救急箱を取り出していた。
「いろいろ……持っているんだなあ」
「そうね」
 さおりはもの言いたげにしている。
「何だか、わけがわかんないよな、ここ」
 救急箱の中にはいまどきめずらしく赤チンが入っていた。正しい手当方法などわからないので、とりあえず赤チンをべたべたと塗る。
「イチチ……なんだって、赤チンと包帯しか入ってないんだろ」
「勇太、昔っからケガとかしてもほったらかしだったもんね。消毒とかちゃんとしたことないでしょう?」
「そんなことないよ、小学校の時には保健室の常連だったんだぜ」
「変な自慢」
「消毒されるのが一番苦手だったな、ひどく沁みてさ……ほら、なんだっけ?エタノールだったか」
「エタノールなら、ホラ入っているでしょ?」
 さおりが救急箱の隅を指差す。
「あ、ああホントだ。それにピンセットにコットン。思い出すなあ、こいつで傷口を消毒してもらったんだ」
 よくわからないなりに応急手当を済ませると、少しホッとした。
「見慣れたものが多いと落ち着くわね」
「そうだなあ。ははっ、火星の風景は見慣れちゃいないけど」
 手近な岩に腰掛ける。
 空を見上げると真っ黒な空が広がっていた。
「大気が薄いから、昼でも空は黒いんだ」
「大気が薄いのにどうして私たちは普通に息をしているのかしら」
 さおりの疑問はもっともだと勇太は思った。
「ふうむ」
 どうしてだろう。例えば……ここは本当の火星じゃなくて撮影用のセットであるとか。それにしては壮大すぎる。遠くに見えるあの山々はとても書き割りには見えない。何か特殊な設備で大気が維持されている?どんな設備だよ、そんな都合のいい話があるか。テキオー灯のような便利な道具があれば……そんな道具を使った覚えはない。上手い説明が思い浮かばないな、もしやあれか……と勇太が考えを巡らせていると。
「夢、とか」
「夢かもって僕も考えたけど。あちこち痛いしさ、夢とはちょっと思えなかったんだ」
「でも、まるで夢みたいだと思わない?行き当たりばったりで無計画で、怖かったり普段出来ない事をやっちゃったり」
「うん、確かにそうだね」
「夢じゃないとしても、夢みたいな、何か。無計画で無秩序な何か」
 何なんだろうね、とさおりは微笑んだ。
 何なんだろうなあと、勇太も呟く。
「なんだかわからないけど、ともあれ、このままずっとここに居るって訳には行かないよなあ」
「でも、どちらに向っても砂漠が続くばかりだよ?ここなら、岩陰があって過ごしやすいけど、移動した先がどうなっているかはわからない……ふふふ、わからない事だらけね」
「しょうがないだろ、この世界自体が『無計画な夢みたいな何か』なのかもしれないんだから」
 ひらめいた。
「夢みたいな何かの中で、夢を見たらどうなるんだろう」
「あ、それおもしろそう。どうなるだろうね?ちょっと待って、ちょうど寝袋がここに……」
 さおりは鞄から寝袋をふたつ取り出した。なんて都合のいい鞄だろう。寝袋でもあればなとは思ったけどまさか本当にあるとは。「夢みたいな何か」の世界だからだろうか。
「ちょうどほら、空も満天の星空。夜空みたいなものだよね」
 何となくやるべき事が見えた気がして、ふたりでてきぱきと寝袋を広げてもぐり込んだ。さおりと二人で眠るなんて、いつ以来だろう。ちらりと横目でさおりを見ると、目が合った。あわてて顔を空の方にそらして、星を眺める。
 今は夜なんだ、と自分に言い聞かせてみても、簡単には眠気はやってこなかった。落ち着かずにもそもそとしていると、さおりが話しかけてきた。
「勇太、小説もう書かないの?」
「辞めた」
「そう……」
 ひとしきり沈黙が続く。少しずつ眠気がわいてきた頃、さおりがまた呟いた。
「勇太はもう書かないって言ったけど。
 私は勇太のかくおはなし、大好きなんだ。だって勇太の書くおはなしはいつだって幸せに終わる話だもの」
 そんなの、だってあれは、たいした話じゃない、あんなのは。
「おとぎばなしだろ、めでたしめでたしで終わるのが当たり前なんだよ。つまらない」
 そんな話しか。そんな程度の。
「予定調和の話になんの魅力があるってんだ」
「そう……?」
「どこにでもあるありふれたおはなしをいくら書いたって、どこにも残らない。あっという間に忘れられておしまいだ」
 自分よりも長く生きる物語が書きたかった。自分が死んだあとも、読み継がれ、語り継がれるような。そう思って試行錯誤を繰り返して、でも、それは自分の期待するような物語にはならなかった。
「才能がないんだ。目指してもしかたがない」
「そう……それが勇太がゴールを消しちゃった理由なんだね。目的が見えなくなったから計画を無にしちゃったんだ」
 書かない言い訳をしているような気分になり、勇太はすこし恥ずかしく思った。言い訳をするつもりじゃなかった。
「わたしね」
 眠気に負けてきたのだろうか、だんだんさおりの声が遠くなってきたような気がする。
「物語を書くのって、無計画の中に計画を入れて行くようなものだと思うの」
 その声にはどことなくエコーがかかっている気がする。
「行く先のない旅に、ゴールを設定するようなものだと思うの」
 さおりはこんな声だったろうか。もやもやと思考がかすんでくる。
「勇太がこの自分の物語を書こうとしない限り、この世界は無計画ままだと思うの」
 最後のさおりの呟きは、もう勇太には聞こえなかった。
 眠りの闇の中にすうっと落ちていく落下感が勇太を包んでいた。
(つづく)