2012年4月30日月曜日

北九州市短篇集(仮)について

■いきさつ

元々テキスポで本を作るつもりだったのですが、テキスポがなくなっちゃいました。
北九州市にまつわる小説や詩などを集めた本を作ります。


■媒体

とりあえず、パブーに無料本を作る予定です。
あわよくば、ささやかなコピー本 などを作って、文学フリマに出せたらいいですねえ。


■創刊号

とりあえず、創刊号として北九州市七区の作品を集めます。
あわよくば、二号三号と……。


■参加者(あいうえお順 敬称略)

雨森……戸畑区、 門司区担当
あやまり堂……八幡西区担当  木屋瀬川合戦(1/3) (2/3) (3/3)
シゾワンぷー ……小倉北区担当
山田佳江……若松区、八幡東区担当


■締め切り

6月末くらいでどうでしょうか。


■編集

誰もいなかったら山田がやります。


■タイトル

北九州市短篇集(仮)ですが、短編というには短すぎたりする作品もあったりなので、
作品集のタイトルを募集します。
コメント欄に書いておいてくれると嬉しいです。
たくさん集まったら投票などするかも知れません。




こんな感じでゆるゆる進んでいっております。

宮野蓮の話



 宮野蓮は自分の名前を捨てられない子供のうちの一人だった。
 あの日、町に住む全ての大人が残骸となり、子供だけが残された。それから長い長い時間が過ぎ、親や大人たちの助けを待ち続けていた子供たちは一人一人と諦めていった。その証のように、それまでの名前を捨てて自分で決めた名前を名乗る子供が現れると、それは瞬く間に子供達の間に広まりちょっとした決まりごとのように定着していった。
 そんな中、蓮は頑なに宮野蓮であり続けた。名前を捨てる習慣がルールとなってくると、名前を捨てた子供からは捨てられない子供がただの弱虫にしか映らない。中学では二年生までバスケット部に所属していた蓮は大柄で力も強かったが、親から貰った名前を守り続けているという一点で多くの子供からは侮られた。
 侮蔑に忍び耐えるような気性を持合わせない蓮はそういう子供を片端から痛めつけたが、力自慢の蓮でもさすがに大きな群れを敵に回せば命はない。蓮は四人の小さな群を従えて大きな群れから避けつつ生き続けた。
 アジサイはそんな蓮の群れの中でたった一人の女だった。少し前までは大きな群れのリーダーの女だったらしいが、女同士の争いからか顔に薬をかけられてひどいやけどを負い、それまで可愛がっていたリーダーからも見捨てられ、群れを追われた。蓮は最初アジサイを群れのための慰めとして拾ったが、少しずつその心を失くしたような少女に親近感めいた思いを抱くようになった。
 やけど。蓮は背中の左側に大やけどを負っていた。『あの日』より約一年前、蓮の自宅が放火に遭った時の傷だ。その時に蓮は母親を亡くし、蓮自身も意識不明に陥るまでの重傷を負った。彼がなんとか父親の元に帰れる身体になった時、もう母はこの世に存在しなかった。葬儀も火葬も済み、小さな骨壷に詰められたそれを蓮はどうしても母と思う事ができなかった。蓮から見れば彼の母親はこの世から消え去ったのだ。それは全部の大人が残骸となったこの町で生きる蓮には振り切れない絆だった。母は今もどこかで蓮を見守っている。そういった幻想が、蓮に名前を捨て去る事をためらわせていた。
 同じやけどを負っただけで、事情も生き方もまるで異なるアジサイに不思議な気持ちを湧かせるのは、単なる親近感だけではなくアジサイに消失した母を見ていたのだが、この時の蓮には思いもつかない事だった。
 そしてまた長い時が過ぎ、蓮はおかしな兄弟に出会った。それは騙まし討ちで襲撃をかけられるという形で。
 かつての閑静な住宅街は、蓮の率いる小さな群には格好の狩場だった。金に意味のないこの町ではマンションやアパートは大きな群れにとっては狩る旨みがあまりなく、その割に縄張りの維持に人数を割かなければいけない。そのため住宅街には中小の群れが割拠しており、空白地帯も多かった。蓮たちは彼らの縄張りの隙間を縫うように略奪を繰り返していたが、蓮の頭には逆に襲撃をかけられるという予想がなかった。忍び込んだマンションの一室で物色に励んでいた蓮たちは玄関と和室の二つのドアから挟み撃ちに遭った。息を呑む間に二人が殺されると蓮は金属バットを振り回して抵抗したが、背後から全身を裂くような衝撃を浴びて五体の制御を失い、埃の積もったカーペットに崩れ落ちた。
「なんでやらないんだ」
 リーダーらしき少年が血に濡れた包丁の刃を倒れた蓮のジーンズで拭いながら言った。蓮の身体は主人の言う事を聞かない。
「これ、試してみたかったから」 小柄な少年がスタンガンをリーダーにちらつかせた。蓮は自分の身に起こっている異常の原因を理解した。
蓮はこれから先に起こるだろう事態に心を凍らせたが、リーダーの少年はだらしなく寝転がっている蓮の近く顔を寄せると「俺達の群れに入らないか?」と勧誘してきた。
 チップとタップの兄弟に「アジサイを守ってくれるなら」という条件をつける事で、蓮は兄弟の群れに入ることになった。チップはおそらく蓮よりも年下だが蓮よりも冷静で言動に自信が見られるリーダーだった。いつからか自分が群れの長には向いてない事に気付いていた蓮は屈辱と同時にどこかで安心していた。
「なんでお前は名前を捨てないんだ?」
 何度となくチップは蓮に聞いてきたが蓮は一度も答えなかった。チップは頼れるリーダーだったが母の話などできる相手ではない。蓮が思いを傾けているアジサイは蓮の気持ちとは裏腹にチップの群れに順応しようとしてか更に感情を隠すようになった。
 ある日、チップたちの群れは町はずれにある古い木造の一軒家に忍び込んだ。そこで蓮は唐突にそれと出会った。
「これなんて読むんだ?」
 備後守光貞。そう書かれた看板のような木の板の隣にガラスケースに入れられた日本刀が飾られていた。蓮に顔だけよこして漢字をひと睨みしたチップは「びんごのもりこう……?」と言った後で確信なさげに首を捻った。
 蓮はガラスケースを壊さずにそっと持ち上げた。いつもは粗暴さを表に出して憚らない蓮はその日、どこか神妙な気分になっていた。鞘から抜いた一振りの刀はまるで蓮の心に残る何かをすっぱりと切り捨ててしまうような、ぴんと張り詰めた空気を帯びていた。
「チップ。もっかい読んでくれよ」
 蓮の願いをうるさげに顔をしかめたチップだったが「びんごのもりこうぜん!」と怒るようにもう一度読み上げる。さっき読んだのと少し違う気がしたが蓮は何度か頷くと、「じゃあ俺は今日からビンゴって名前にする」と仲間に宣言した。
「そっか。おめでと」
 チップの弟のタップがよくわからない祝いの言葉を口にして拍手した。
「――ってことは、持ってくのか? その刀」 弟には同調せずにチップが蓮の刀を見て言うと、連は少し嫌な気分になった。
「いいか?」
「俺はこれでいい。欲しいなら持ってけよ」
 チップは腰にぶら下げている包丁を叩いて言った。柳刃包丁という細長い刃物だ。
「よろしく、ビンゴ」
 無愛想にそう告げるとチップは家屋の物色に戻っていった。リーダーから許可が下りた蓮はびんごのもりこうぜんという名前の刀を改めて眺めるとベルトに手挟んだ。
 ずしりと重い刀をそのまま抜き放ってみると、なんだか一回りも強くなったような気がした。



2012年4月22日日曜日

あなたのとなりの物語 3話目

 
 
 上履きをはこうとしたらね
泥がつまってた。
 
中庭の池の底の泥だよ。
汚いよね。
だってあひるとか飼ってるんだ。
あひるのうんちとか おしっこも
混じってるよね。
 
でもさ 入れた奴らは その泥をとるのに
池の中に手を入れるかなんかしたんだよなって
そう思ったらなんかおかしくなっちゃってさ。
 
ふでばこをあけたら鉛筆が全部折れてたなんて
毎日のことだから もう気にならないよ。
鉛筆削りもってたら困らないもん。
 
一番辛いのはなにかって?
なにかなぁ……
別にどれもなんとも思わないなぁ
慣れちゃったからなぁ。
 
あぁ……そうだ。
妹がいるんだけどね。
今度 一年生になるんだ。
来年の春にね。
同じ学校にくるから……
妹にみられるのは辛いかなぁ
  
「死にたくなる?」
ぶしつけな冷たい質問に少年は
驚いたように目を丸くして
でもすぐに またどんよりとした光のない目でいう。
「ならない。
 ならないけど
 もし事故とかで死んでも
 別にいいよ」
と言った。

その唇は 荒れてガサガサで血が滲んでいた。
 
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なんでこれ? って…
 
すぐ あちこち 転載する。
 
だって 好きなんだもの。

2012年4月21日土曜日

ロゴ募集。またの名を、サイトの顔募集。

何だかんだ言っている内に、それでもじわりじわりとてきすとぽいにもページが増えてまいりまして、ようやくサイトロゴの募集をさせていただける雰囲気(?)に相成りました。

ロゴ、正しくはロゴタイプ(logotype)というらしいのですが、何に使うかと申しますと、

トップページとか、
各ページの左上隅っことかで、

今までの、ダサいダサい、芸もデザインもへったくれもない「てきすとぽい」の文字を、サイトの目印となるような画像に一気に置き換えさせてくださんせ! ……という魂胆でございます。

【募集内容】
てきすとぽいを印象づけてくれるような、ロゴ画像

1.トップページ用
大きさ … 基本的に自由ですが、そこそこ大きく、目立つもの。
ファイル形式 … Web上で表示できる形式なら、何でも
(最終的にはPNG形式などの画像ファイルに変換します)。
配置について … ページのこの位置に、こんな感じで置きたい、という
イメージ図などありましたら、併せてお送りください。
その他の条件 … なんとなーく、「てきすとぽい」と読めること。

2.個別ページ用
   ※省略可(その場合、トップページ用のものを縮小加工などして使用します)。
大きさ … 見やすくて、そこそこ小さいもの(高さ20~80pixel程度、幅自由)。
ファイル形式 … トップページ用と同様。
その他の条件 … なんとなーく、「てきすとぽい」と読めること。

前回、募集・投票で決定したアイコンデザインをロゴ画像に使用したい場合は、こちらのPDFファイルが便利です。
ダウンロードし、お好みのサイズに拡大・縮小表示させた状態でPrint Screenすると、そのまま画像データになります。(蟹川さん、毎度データのご提供ありがとうございまーす!)
※テキスポたんデザインの方は、引き続き権利者から連絡をいただけないため、緩やかに諦めムードの方へ傾きつつあります……。

【募集期間】
GW明けの 5/9 5/14 まで。
(何だかえらいのんび~りな募集となってしまってますが、公募の締め切りや連休に予定のある方も……どこかで時間を見付けて、ぜひにぜひに。)

【応募方法】
Twitter、メール、ブログ、投稿サイト、何でもどこでも受け付けます。
これはロゴ提案ですよ、とU.C.O.に分かるような形でご連絡ください。
ご提案いただいたものは、徐々に無計画書房に転載させていただく予定です。



・山田佳江さんご提案(4/30)
・蟹川森子さんご提案(5/11)
・リバモリウムさんご提案(5/13)
・リバモリウムさんご提案(5/13)
・茶屋休石さんご提案(5/13)
・U.C.O.提案(5/14)
・takadanobuyukiさんご提案(5/14)

※ご提案いただいた画像は、投票用の記事に移動しました。

2012年4月16日月曜日

チップの話


本当は糸島翔樹という立派な名前がある。しかしチップはずっとチップという名前しか使わなかった。八歳年下の弟であるタップも本名は雄星というが、その名前を自分から名乗った事はない。

自分で自分の名前を決めるという事は、彼らにとって大切な儀式のようなものだ。大人の作った世界と決別し、自分たちの世界を創造するためには、親から貰った名前は捨てなければならない。
『なぜそんな事をするのか?』と聞かれれば、そうでもしないとやってられないからだ、としか答えようがない。とてもとても悲しく辛くて、やってられないから、それまでの名前を捨てて別の生き物として生きていくしかないのだ。
そういった決まりごとをいつ、誰が決めたのか、チップは知らないし興味もない。ただ、そいつはきっと自分たちと同じなのだろうと思うだけだ。
「お前らの名前って犬みたいだな」
チップとタップを馬鹿にする連中もいるが、チップはそういう奴らを例外なくぶちのめしてきた。勢いが過ぎて殺してしまう事もあるし、逆に殺されかけた事もあるが、まだ小さい弟を守るためには侮辱に負ける訳にはいかなかった。タップはそんな強く優しい兄を慕っているのだし、チップもそうあり続けたいを思っているからだ。

ある時チップは群れのリーダーだった。
彼に付き従うのは例外なく他の群れを追われたはぐれ者ばかりだ。体が大きく気は荒いが知恵の回らないビンゴに、無口で無愛想だが物知りで機転の利くカブト。綺麗だった顔を大ヤケドした事で群れから捨てられたアジサイ。そして新しく『向こう』からやってきた長谷部純だ。
長い間のうちに時々、こういう新参者が『向こう』からやってくる。その時、大抵新入りは家族を探す。この純も同様だった。
しかしどこを探したってそんなものはいない。あるのは家らしき残骸と家族らしき者の残骸だけだ。ビンゴがその残骸のひとつを『使って』いる所で純は『向こう』からやってきた。彼はビンゴが犯しているそれが彼の姉である事に気づいてパニックを起こしたが、こういった光景は飽きるほど見てきたチップたちにとって特別哀れみをかける必要性も感じなかった。チップは長谷部純を殴りつけておとなしくさせ、それまで何百回と繰り返した説明をここでもまた繰り返した。

――この町にはもう大人はいない。頼れる両親も警察も自衛隊も消防士も政治家も役所もない。ずいぶん遠くから旅をしてきた者から聞いた話では日本中がそうなのだという。嘘かもしれないが、こんな状態である町を大人が放っておくとも思えないから、多分本当なのだろう。
ある日大人は全員が抜け殻になってしまった。体はそこにあるが、魂がない。生きてないけど死んでもいない、ただのモノになってしまった。家族の傍を離れられない子供も大勢いたが、大体が死んでしまう。抜け殻に魂が戻るのは子供だけだ。たぶん半分が大人で半分が子供だからなのだろう。だが大人が戻ってきた噂は全部ただのデマだった。
子供たちは大人の帰りを待ち続けて待ち続けて、待ち続けた結果、ひとつの結論を出した。もう二度と大人たちは帰ってこないのだと。だから親からもらった名前を捨てる。捨てなくては強くは生きられないのだ。
一方でそれでも帰りを待っている子供はいる。だがチップは、そういった家に引きこもって両親の残骸と待ち続けている子供をカモにしている。コンビニやスーパーマーケットは粗方が強い群れに支配されている。チップはそういったリスクのある冒険は避けて食料や水を溜め込んでいる一軒家をよく狙った。人を殺して物を奪う事に最初は強い罪悪感があったが、長い時間が過ぎるとそれも薄まっていった。

純はチップの話を呆然としたまま聞いていた。簡単に『こっち』の世界になじめる訳がないのは折込み済みだが、この少年は泣き喚いたりしなかったし頭が壊れた訳でもなかった。
「僕の名前はリッパー」
長谷部純は自分で今までの名前を捨ててリッパーになった。この時は気づかなかったが、後になってリッパーの家の残骸を覗いた時に床に残った黒い血の痕跡を見て少しわかった気がした。おそらく彼は、抜け殻になる前に自分の両親を殺していたのだろう。
リッパーはカブトが教えてくれたその名の意味する凶暴さは少しもない男の子だった。だが自分の姉の残骸を犯したビンゴと衝突もなくそれなりに付き合っている所を見ると多少は壊れてしまっているのだろう。そうでないと生きられない、とチップは思う。まず生き抜く事を考えるのがチップたちの世界の子供たちの義務だった。

なによりチップたちは生きていかねばならない。チップは弟が残骸になってしまう事を何よりも恐れた。チップとタップは嫌というほど残骸を見てきたが、子供たちは一様に他人の残骸で遊ぶのが大好きだ。かわいいものは落書き程度だが、猟銃の的にされて頭を吹っ飛ばされたり、ピラミッドのように何十体も積み上げられたりする光景もよく見かける。子供たちには残骸は大人だけではなく死んだ子供も他人ならば残骸でしかないのだ。弟をああいう風にだけはさせたくない、とチップは思う。そのためにはタップが大きくなるまでチップが生きて守り続けなければならない。それ以外の事は考えないのがチップが生き抜くためのルールだった。

――だが、いつになったらタップは大きくなるのだろう。そう考えるといつもチップの心は冷えてゆく。恐ろしい程の長い時間が過ぎている筈なのに、この町の子供たちはチップも含めてみんな大人にはならないのだ。
もしかして、これが地獄というものなんだろうか。そうチップは時々考える。だが、もしそうだからと言って何が変わるのだろう。心の冷えに任せれば本当に壊れるしかない。チップはこの世界に踏みとどまって今日も群れを率いて住宅街を襲う。




2012年4月8日日曜日

2012年4月6日金曜日

おじいちゃん

 小さかったおばあちゃんが、大きくふくれあがっていた。「全身に水が溜まって、浮腫んでいるのだ」と、主治医は言った。体中にくだが刺さっていて、トイレさえも行けない。痰さえも自分で吐き出すことができない。それでも、おばあちゃんは確かに生きていた。
 十数年ぶりに生まれ育った町に帰ってきた私に、おばあちゃんはベッドの上で何かを語りかけようとしていた。私がちゃんと聞き取れていないことに気づくと、おばあちゃんは起き上がろうとさえしてくれた。もうすでにそんな力はなかったんだけれど。
「お祭りに来たが? 私も行きたいがいけど、あかんやろねえ」
 一生懸命話しかけようとするその口元から、私はその声を聞いた。聞こえたんじゃなくて、伝わったと言った方が正しいかもしれない。
「ごめんね」
 おばあちゃんはそう言ったかと思うと、次の瞬間にはすでに眠ってしまっていた。

 家に帰ると、おじいちゃんが酒をあおっていた。タバコも酒も好きだったおじいちゃん。タバコは止めて、酒も一日一合にとどめているらしい。おばあちゃんにきつく言われたそうだ。
「ばあちゃんがおらんからいくらでも飲めるがいちゃ」
 おじいちゃんはそう言って笑った。私はおじいちゃんの酒を一杯だけもらって飲んだ。あまりおいしくなかったけれど、私は笑って、「そうやけど、あんま飲んだらあかんよ」と言った。
「大丈夫やちゃ。ちょっと飲んだらすぐ眠なるもん」
 白い字でキリンビールと書かれた小さなコップを見つめて、おじいちゃんは無精髭を触っていた。幼い頃、嫌がる私の顔に擦りつけてきたその髭も、今は少し弱々しく見えた。

 私がこの町に住んでいた頃、おじいちゃんの名は町中に轟いていた。もちろん良い意味ではなく、悪い意味だ。一度機嫌を損ねると手をつけられないほどに暴れるじいさん。それがおじいちゃんに対するこの町の人たちの評価だった。
 でも、当の本人は実にあっけらかんとしていた。普段のおじいちゃんは誰にでも話しかけ、ことあるたびに家に人を呼び入れていた。そして、掛け軸や、彫刻や、仏壇を自慢するのだ。当時はかなり勉強のできる子だった私も、おじいちゃんの自慢の対象だった。

 病院から電話がかかってきたのは、朝の五時だった。電話に出たのはおじいちゃんだった。私も起きだしてきて、そのおじいちゃんの姿を見ていた。最も悪い予測を私はしていた。
「ほんまか」
 おじいちゃんの顔面が蒼白になる。今にも受話器を落としそうだった。私はうつむいた。
「友里、車、運転してくれんか」
 受話器を置いたおじいちゃんは、静かにそう言った。

 私の運転で、病院に行った。おばあちゃんは集中治療室にいた。体中には相変わらず何本ものくだが刺さっていて、ピッ、ピッとモニターの音がしていた。医師がひとりと、数人の看護師が慌ただしく働いている。
「もうあかんがか」
 おじいちゃんはそう医師に聞いた。
「うん。あかん思うわ」
 本当なら医師がそんなことを言うべきではないと思う。でも、彼とおじいちゃんの間には私の知らない信頼関係があるのだろう。
「そうか」
 おじいちゃんはそう言ってうなだれた。私は、言葉が出なかった。
 おじいちゃんはゆっくりとおばあちゃんのベッドの横にひざまずき、浮腫んだおばあちゃんの手をとった。医師は看護師に集中治療室から出るよう指示した。
「ばあちゃん、おまえ、祭り一緒に行こういうとったがに、死んだらあかんないけ」
 おじいちゃんは搾り出すように言った。
「おらがこんながやから、苦労かけたな。おらもすぐ行くから待っとられ」
 おばあちゃんは動かなかった。そのまま、数分が過ぎた。

 モニターから聞こえる音が変わって、医師がおばあちゃんの死亡を確認した。
「五時三十七分、ご臨終です」
 こういう言い回しはどこでも変わらないんだな、と思った。
 私は、集中治療室を出て、デイルームと呼ばれる場所に向かった。ナースステーションの前を通ると数人の看護師が涙を拭いていたけれど、私の姿を見て仕事の顔に戻った。私は、「ありがとうございました」とあいさつをした。
 私がデイルームの椅子に座っていると、ひとりの看護師が小走りでやってきた。私が会釈をすると彼女も小さく頭を下げた。
「おじいちゃん、いつもおばあちゃんのところにいらしてたんです」
 落ち着いた声で、彼女は話し始めた。
「本当にいつも仲が良くて。ナースステーションで『素敵なおじいちゃんとおばあちゃんだね』ってみんな言ってたんです」
「そうですか」
「おじいちゃんを、大切にしてあげてくださいね」
 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。そして、「出すぎたことを言ってしまいました。申し訳ありません」と言った。
「いえ。本当にありがとうございました」
 私は立ち上がって、お礼を言った。

 太陽がのぼって、デイルームの窓から見える景色は朝の光で包まれていた。今日も、世界の人々にとって普通の一日が始まる。
 しばらくして、おじいちゃんがデイルームに来て、タバコを吸った。やめていたんじゃなかったのかしらと思いながら、私はそんなおじいちゃんを見ていた。
 おじいちゃんの目は真っ赤に染まっていた。

 北国の短い夏はまだ始まったばかりだった。

2012年4月2日月曜日

てきすぽどーじん5号計画(改訂版)

というわけで、山田さんはじめ、そろそろみなさんの長編が一段落つきそうなので、
改めて、てきすぽどーじん5号計画を進めてみますー。

 
「てきすぽどーじん」5号 計画案 (2012.04版)

参加資格:
どなたでも歓迎。

テーマ:
「初体験 (仮)」

小説修行の一環とするなら、
今まで書いたことのないジャンルに挑むとかしたら楽しいのじゃまいかと思いつきました。

テキスポ方面の人には、それぞれ得意分野とかあると思うので、
未知のジャンルに挑戦しても、適切な批評がもらえるかもしれません。

でも単純に、好きなように気楽に書いていただいてもおもしろいので、
作中人物が新たな経験をするとかも歓迎します。



原稿締切:
2012年5月31日(木)
  
発行予定:

2012年6月下旬

発行形態:
パブー電子版&オンデマンド印刷


参加作家等の予想:
7人くらい・全60ページ

投稿費用:
参加費500円+(200円×実際のページ数) 
10ページで2500円。
(1ページは、400字詰め原稿用紙2枚強です)


※作者にはそれぞれ1冊郵送。


印刷冊数:
20冊 (貴重品ですね)
 
印刷体裁:
A5


投稿方法:
とりあえず、体裁は何でも良いので、書いたらテキストデータを送って下さい。
こちらで体裁を修正して、確認してもらいます。

巻末の随筆
面倒くさがらずに、原稿と一緒に提出してください。
200字~500字程度。こちらは無料。
宣伝したいことがあれば、使って下さい。

表紙:
カラーの場合は、だれかにお任せします。
誰も描いてくれないことになったら、白黒&文字だけの表紙になります(あやまり堂が作成)。

販売価格:
紙媒体: 1冊200円
(紙冊子を2冊以上希望される場合は、1冊当りこの価格)
パブー版: 100円ただし全ページ試し読み可能にする

注意
参加人数、全体のページ数で、費用が若干変るかもしれません。
参加者があまりに少なかった場合は、電子版だけになります。

その他:
5号については、文学フリマに参加する予定はありません。
7月下旬に、グーグルハングアウトかツイッタで感想を述べ合う会を開催。
どこかでオフ会が開催されたら楽しいですね。


※不明な点、おかしな点は、コメントかツイッタでお寄せ下さいー。