2012年3月7日水曜日

無計画リレー小説 第二話

祖父の繁(しげる)は、予想外に鋭い眼差しをしている。
 勇太は見咎められたような気がして、伸ばした手を引っ込めた。
 繁は枯れた人差し指を立て、それを振りながら言った。
「その本は一家にとって大事な物だ……」
 唇を湿らせて、さらに続ける。
「……いや、一族にとって、いや、それ以上に重要な物だ。もう残り少なくなってしまったが」
 祖父の言葉は、この本が減っていくと言っているのだろうか?
 どうも意味が分からない。
 だが、祖父の目付きと口調から、勇太は自分が責められているのを感じた。
「ごめんよ、じいちゃん……」
 訳が分からないながらも、勇太はとりあえず謝る。
 一端、この場から離れた方がよさそうだ。
 勇太は納戸から出ようとした。
 そこへ繁が、行く手をさえぎるように立つ。
 これでは納戸から外へ出られない。
 祖父の思惑をつかみかねて、勇太は途惑った。
「じいちゃん……?」
 勇太より頭一つ分背の低い繁は、真正面を睨んでいた。
 勇太の顔も見ずに、決然とした声で断定する。
「その本を見つけたということは、今、呼ばれたということだ」
 それからぎょろりと眼球を動かして、勇太の目を見て続ける。
「勝つ者もいれば、負ける者もいる。おまえはどっちだ、勇太!」
 目は血走り、顔が強張っていた。
 普段は温和な祖父の変わりように、勇太は口もきけなくなった。
 慄き、立ちすくんでいると、ガラスの割れる音がした。
 首を巡らせれば、音の源は例の額縁だった。
『James・J・James』の古本を納めた額縁がカタカタと震えている。
 見ている間にもガラス製のダストカバーに、細かい亀裂が広がっていく。
 勇太は祖父を振り返った。
「一体、どういう……」
 繁は無言で顎をしゃくった。額縁を見ろと。
 勇太は再び額縁に目をやった。
 一枚のページが、ひび割れたガラスを突き破って出てきた。
 古びて黄ばんだ紙片が、風に吹かれたように宙に舞う。
 と、そのページは鋭い円錐形に丸まり、勇太に向かって突っ込んできた。
 その速さに避けることも叶わず、円錐は勇太の額に刺さった。
「うわぁぁぁぁっ!」
 勇太は痛みと恐怖で悲鳴を上げた。
 反射的に両手で引き抜こうとしたのに、それより速く祖父から羽交い絞めにされていた。
 勇太はパニックに陥った。
「じいちゃん! じいちゃん!」
 足を蹴上げ、渾身の力で身をよじるが、繁はびくともしない。
 老人の力ではなかった。
 古紙でできた円錐が高速回転し、ごりごりと頭蓋骨を削る。
「うわぁぁぁっ! じいちゃん、俺死んじゃうよ、じいちゃん?!」
 勇太は涙を流しながら首を回し、繁に助けを求めた。
 繁は笑っていた。壮絶に。
 その瞳は金色に輝き、顔の皮膚には様々な文字が浮かんだり消えたりしていた。
 地の底から響くような超自然の声で、繁は言った。
「勇太、これが古屋の成人の儀だ!」
 くぐもった笑いを立て、金色の目で勇太の目を見据えて続ける。
 その声はまったく愉快そうだった。
「見ろ、勇太! J・J・Jがおまえに入っていく!」
 勇太は限界まで眼球を動かして、上を見た。
 古本の一ページだった円錐が、回転しながらじわじわと頭の中に進入する。
 元の長さを考えれば、もう脳の半ばまでに達していた。
 気が遠くなりかけたとき、不意に声が聞こえた。
「これが勇太か」
 声のほうに目を向けると、おぼろげな白い人影のようなものが見えた。
 不定形な影がもう一つ現れる。積まれた古本のあいだにゆらめきながら言う。
「こちら側にようこそ、勇太」
 さらに続々と漂うものが現れて、勇太の周りで囁きを交わし始めた。
 勇太はもう正気を保てなかった。
「アーッ! アーッ! アァァァーッ!」
 思考は停止し、、甲高い悲鳴を上げ続けることしかできない。
 痛みが極限に達した時、額からピンク色の塊が吹き出した。
 それを見て、勇太は気を失った。
 最後に聞こえたのは、繁のものとも思えない繁の声だった。
「勇太、勝つか負けるかだ、勇太……」

「勇太……勇太……」 
 優しく揺さぶられて、勇太の意識は浮上した。
 がばっと身を起こすと、肩に当たって古本の塔が崩れた。
 心臓が早鐘を打ち、顔面の毛穴が開く。
 勇太は額をさすった。なんともない。
 それから『James・J・James』の古本が収まった額縁に目をやる。
 勇太は息を呑んだ。
 ページが減ってる!
 一瞬だけ気が動転したが、考えてみれば、元々の様子が定かじゃなかった。
 そもそも、自分がいつの間に気を失ったのか、眠り込んだのか、はっきりしない。
 傍らには、柔和な笑顔の祖父、繁がしゃがみ込んでいた。
 繁はにこやかに言った。
「こんなところで寝てないで、こっちきて茶でもやれ」

1 件のコメント:

雨森 さんのコメント...

次書きます!…夜にでも。