2012年12月31日月曜日

冬の日

 温かいコーヒーを飲んで、タバコを吸う。窓はすっかり結露していて、その向こう側の景色を遮断している。新しく買ったカーテンがその湿気で窓枠にぺたりと貼り付く。

 一年という時間を考える。三百六十五日。八千七百六十時間。五十二万五千六百分。三千百五十三万六千秒。
 例えば、一秒間ため息をつけば(ずいぶんと深いため息だが)、一年のうち三千百五十三万六千分の一の時間をため息に費やしたことになる。
 その時間を無駄に思うかどうか。
 例えば、三分間タバコを吸えば、一年のうち十七万五千二百分の一の時間をタバコに費やしたことになる。
 その時間は無駄だったのかどうか。

 厚い雲が太陽を隠している。洗濯をしてみたもののこの天気では乾くかどうかわからない。
 冬の雲はすべてをグレーに変えてしまう。街も、人も。寂しさは増し、迷いが生まれる。

 すべての無駄を省けば、世界はこうならなかったという人がいる。
 人々の迷いが世界を混迷に導いたという人もいる。
 果たしてそうなのか、僕にはわからない。わかるのは、たとえどんな優秀な指導者が現れても、人は無駄なことをするし、迷いもするということだ。

 窓をあけると、冬の冷たい風が入り込んでくる。
 僕は凍えながら外の景色を見る。
 通りの向こうには建設中のマンションがある。地面を掘って、鉄骨を埋め込んでいる。

 僕はどんな一年を過ごしてきただろう。
 何かを創造できただろうか。何かを残せただろうか。
 人に優しくできただろうか。人に信頼されるための努力をしただろうか。
 自分を成長させることができただろうか。自分に嘘はつかなかっただろうか。
 寄り道をしながら、道に迷いながら、それでも精一杯生きてこれただろうか。

 一年に一度は、そんなことを考える日があってもいいように思う。
 そう、この大掃除が終わりさえすれば。

2012年12月30日日曜日

歩み


 雨だれの音に続いて屋根の雪がドスンと落ちる。
 その音に目を覚ましてみると、すっかり夜になっていた。明日は月曜日だからこのまま寝てしまったほうが良いなと思ったが、考えてみれば明日は休日だ。
 なんだかもったいない気になって身を起こすと、窓を開けて煙草に火をつけた。
 ライターの灯火が一瞬の雪景色を照らしだす。空は曇り、月明かりは無いが遠くの街灯の光がわずかに庭の風景を照らしている。
 吐く息は白い。煙草の煙を吐き出し尽くしても、息は白いままだ。
 部屋の明かりを点ける気にはなれず、ぼんやりと外の暗がりを眺めていると一匹の猫が雪の中を通り過ぎてゆくのが見えた。固く固まった氷雪の上を軽やかな足取りで進む猫はやがて見えなくなった。
 体が悲鳴をあげ始めたところで、窓を閉め、再び布団に潜り込む。なんだか目が冴えてしまったが、布団の温さから這い出ることもできない。かと言って暖房をつけても、何かしようとする気にはなれぬのだ。
 ふと、いつの間に冬になってしまったのだろうと思う。
 ついこの間まで秋だったのではなかろうか。
 夏はこの前終わったばかりで、梅雨のじめじめは今でもありありと思い出せる。ついこの間まで蝉が鳴いていたような気がするし、その横でメジロが囀っていた気もする。
 過ぎ去ってみればどの季節も一瞬であった。
 めまぐるしい瑣末な日常に圧倒され、ふと立ち止まって見る季節というものは人生の中で見ればそれほど長くはない時間だ。
 肌で季節の流れを感じながらも、目や耳は生きるための雑事に酷使され、いつも麻痺しているのだ。気づく暇もなく、季節は流れていく。
 例えば物思いに耽るあまり、確かに通り過ぎたはずの道を一向に思い出せなくなるのと同じだ。
 何も感じずとも生きていける。風景など眺めずとも足は動いてゆくのだ。
 そうやって、これからの人生の季節も通り過ぎていってしまうのだろう。

 もうすぐ、今年も終わる。

2012年12月9日日曜日

ついのべ団体戦


ついのべ団体戦の草案です。
ちなみにtwitter上でのタグは #TWNTG
ご意見等募集中。
概要としてはついのべリレー小説団体戦的な感じで考えていただければ幸いです。

以下、簡略的概要也。

開催期間は参加者の集まり次第。
状況を見て変更の可能性もありますが、その開催期間の間に
一日ごとに先鋒次鋒中堅副将大将といったかんじで発表していく感じで。

1.人募集
 とりあえず参加者を募集します。
 参加表明方法は以下の3つのどれかで。

1.Twitter上で私のTwitterアカウント(@chayakyu)までリプライを飛ばしてください
2.本記事のコメント欄にツイッターアカウント名を添えて表明してください
3.Twitter上で#TWNTGのタグを付けて表明してください。

3については一応出来る限り拾うつもりですが、不具合等で漏れる可能性がありますのであまりお勧めいたしません。なるべく1か2で。


参加者一覧
 茶屋(@chayakyu
 山田佳江様(@yo4e
 U.C.O.様(@uco_of_ucoo
 山本楪様(@mokekenoke_
 柊 繚河様(@h_ryoukou
  進常 椀富様(@sizowan
 森™様(@mori_______

2.振分
 参加者をチームに分けます。
 目安としては5人程度かな、と思いますが人数によってフレキシブルに対応しようかと思います。
 因みに振分は茶屋が阿弥陀なり適当にやろうかと思います。


3.テーマ
 振り分けたところでテーマ発表します。
 テーマをキーワードとして入れるなり、全体のテーマとして置くなり、どちらでも結構です。

4.発表
 チームが決まったら発表順を決めてください。先鋒次鋒中堅副将大将といったかんじで。
 基本的に、一日一人がついのべ発表していくような形をとりたいと思っております。
 因みに厳密にリレー小説である必要はなく、同じテーマに沿ったついのべ集、同じ世界観の群像劇などでも可です。
 そこら辺はチーム内で相談で決めていただきたく、相談方法はツイッター上で堂々と、あるいはDMなどで内密になど、お任せします。

5.評価
 一応最終的に点数評価で争いたいと思います。戦争だぜ。ひゃっはー。
 評価は10分ついのべに引き続き、てきすとぽい( http://text-poi.net/ )にて。
 各作品の評価及びチーム全体の評価で争います。
 因みに各作品の評価は評価点数のトータルではなく先方、次鋒といった順番ごとの勝敗で点数を つけ、それをチーム全体の評価点数に加算していこうかと思います。そのほうがチーム戦として  の醍醐味が出るかと思いますので。また、順番を決めるのもちょっと戦略性が出てきやしません か?

以上
ご意見待望

2012年11月15日木曜日

ソーシャル小説ゲーム計画(無計画)

山田さんひらめきの「ソーシャル小説ゲーム」を、
試したり、あれこれ考えているのですが、
今ひとつ、よく分らないので、ここらで一度、整理してみたいと思います。

参考:
togetter01
togetter02

重要そうな箇所を、あたくしなりに抜いてみますと。

・小説をコンプガチャにして、一章ずつバラバラに売る
・どの章からどの章へもつながりそうでつながらないようで、やっぱりつながるかな……って感じに組み立て
・小説Aと小説Bを組み合わせるとスキル発動
・山ほどあるシーンカードを順に並べて全体のプロットを組み立てる
・小説パズルと言う感じ
・文章カードを並べて、作った文章をTwitterなんかに投稿
・カードにもランクがある
・「コンプガチャ」風に全部揃えることに価値をつけようとすると「重複」が過剰になるのでは
・ヒントはビックリマンシールの裏に書かれてた、2-3行の小説
・たとえば、ランダムに10個、小説が表示されるので好きに並べ変えられる

 ……すでにいろいろと書かれてますが、
あたくしとしては、戦争ものだとすると、上記の事項が、網羅できる気がしています。

何でも良いのですが、
1) 2派に分れて、適当に小説ガチャを書いて行く。
2) 各作者は、自分の勢力および相手勢力に起きる、さまざまの場面を適当に書いて行く。

たとえば、
「北九州帝国」VS「さんま同盟」の2派に分れたとして、
帝国側の作者が、とりあえず、
「北九州帝国では、三百億万トンの新型爆弾を製造した」
と書いたとします。

で、帝国側の別の人が
「北九州帝国の攻撃により、さんま同盟に多数の死者が出た」
と書いたとすると、この二つをくっつけることによって、

「北九州帝国の三百億万トンの爆弾によって、さんま同盟に多数の死者が出た」

というストーリーが手に入ります。

ところが、さんま同盟では別の人が、
「北九州帝国では新型兵器の開発に失敗し、多数の死傷者が出た」
と書いたとすると、最前の、帝国の人が書いた「新型爆弾の製造」を逆に利用できるので、
小説ガチャとしてのおもしろみが出てくるかと思うのです。

恋愛小説を書きたい人は、勝手にそれを書いていただき、誰かが、
「愛の力で、新型兵器の開発に成功した」
と書くことで、
「帝国側が愛の力で造った新型兵器により、さんま同盟に多数の死者が出た」
というストーリーが手に入ることになります。

自分が書いたもの、誰かが書いたものを寄せ集め、
全10章とかで、勝利を目指し、自分の小説デッキを組み立てるわけです。

当然、むちゃくちゃな展開も使えるはずです。

「北九州皇帝は神となり、さんま同盟を壊滅させた」
「さんま同盟は、メタ世界のジョイスに依頼し、神を消滅させた」


で、自分で書いたものは、1つしか使えない、最終章には使えない、接続詞のみ追加可とか、
そういう条件を入れて、各作者はとりあえず、5場面を用意する、と。



……まー、お金になるとは思えませんが、
こんな感じでなら、やってみることは出来るんじゃないかなあと。




すでに幾つか出ている小説ガチャを、寄せ集めて、
新たな話を造ってみるのもおもしろいかと思い、やってみましたが、
「自勢力の勝利を目指す」
とか、単純な方向性が無いと、なかなか困難かと思われました。


どんなもんでしょうねえ……?


 

2012年10月29日月曜日

パス



 先にどちらが言うともなく、晴田と奥山は学校が終わると晴田の家に行き、カバンを置いてボールを持つといつもの公園に来た。
 サッカーの練習をするためだった。 
 
 
 晴田と奥山は小学一、二年生の時同級生だった。そのつながりで、中学に入ってもクラスは違えど、友達として付き合っていた。
 奥山は小学校の頃から騒がしくクラス内でたびたび問題を起こすような出来の悪い子供として学校中で知られていて、晴田はその反対に人見知りでおとなしく目立たない子供だったが、気がつくとなぜか付き合うようになっていた。
 晴田は性格のためかあまり友達と呼べるような者はいなく、二、三人ほどとしか交流はなかった。
 そのうちの1人が問題児と目されている奥山だった。
 奥山は問題児ではあったが、さみしがり屋だったので人付き合いがよかった。
 晴田も人見知りではあったが、一旦人に心を許すと、不用意な言葉や冗談を飛ばすほど快活だったので、付き合いは小学校を出て中学に入っても続いていた。
 晴田はサッカーが大好きだった。
 家が商売をしていて裕福だったので、サッカー関係の雑誌や書籍を大量に買い込み、それを読んでは三菱ダイヤモンドサッカーが見られる東京をうらやましがったり、マラドーナにあこがれてみたり、友人に1人きりでオーバーヘッドキックの練習をしたりしていた。
 しかし晴田は体育会系的な人間関係を嫌ったので、部活には所属していなかった。
 だからいつも1人きりで練習をするしかなかったのだが、パスの練習だけは誰か1人がいなければやりようがなかった。
 そこで晴田のパスの練習に付き合ったのが、同じく部活に入っていなかった奥山だった。
 奥山は小さい頃に交通事故に遭ってしまったためスポーツは不得意な方で、唯一のとりえが長距離走だったが、1人で走っていただけだったので、タイムはいたって平凡なものだった。
 晴田の友人のうち部活に入っていなかったのは奥山だけだった。奥山はサッカーに特に興味はなかったが、晴田のパス練習にしょっちゅう付き合っていた。
 奥山が晴田の練習に付き合っていたのは部活がないからという事もあったが、もう一つ理由があった。
 ある日、二人が小学校一年生の頃、晴田は剣道を習っていて、たまたま晴田の家に遊びに行った奥山が、面白そうだからと晴田の通っていた道場についていたことがあった。
 晴田は真面目に練習をしていたのだが、面白半分で来た奥山は特に興味を持てず、そのうち座って練習風景を見るのに飽き、右手で頭を支える形でごろんと横になった。
 それを見ていた道場の師範が猛烈な勢いで怒り、真っ赤な顔をして出て行けと奥山に怒鳴った。怒られた奥山はしゅんとなって道場から出て行った。
 奥山は晴田には怒られた翌日にその事を学校で謝ったが、晴田は気にもしていなかった。
 奥山は、晴田が行儀の悪い友達を連れてきたという事で師範に怒られたのではないかという事を長いこと気にしていた。
 だから、晴田のサッカー練習に付き合うことで少しでもその時の罪滅ぼしが出来ればいいと、奥山は思っていた。
 晴田たちが小中学校を過ごした時期はサッカーを好む少年が少なく、みんな野球に夢中だった。
 サッカーに夢中になっている人間と言うのは、言ってみれば当時は珍しい存在だった。
 地元に有名なチームがない地域に住んでいたので、余計にサッカーが好きな人間は少なかった。
 むしろ雪の多い地域ということもあって、スキーなどのウィンタースポーツの方がさかんだった。

 
 その公園は高さ5メートルほどの小山があり、冬はミニスキーと呼ばれる、プラスチックで作られた5,60センチほどの玩具を足につけて雪上をすべる遊び場として使われていた。
 雪の時期ではないので、ただ禿山のようにぽつんと佇んでいるだけだった。
 その小山に隣接して草野球ができるくらいの広さのグラウンドがある。二人が来た時もどこかの少年達が野球をしていた。
「あっちでやるか」
「うん」
 二人は野球の邪魔にならないよう、野球少年たちの陰に隠れる形で、小山の裏に陣取り、おもむろに練習を始めた。
 晴田は普段から1人でサッカーボールを蹴っているのでパスは正確だったが、奥山は自分でボールを持っていない上に運動神経もいい方ではなかったので、晴田は奥山が繰り出すとんでもない方向のパスにいつも苦労させられていた。
「ごめーんまたヘンなとこ行っちゃったよ」
「大丈夫だよ」
 奥山は晴田のためにもっといいパスを出したかったが、奥山のボールは右へ、左へと飛んでいく。それを何事もなく晴田が受け、笑顔で奥山に返す。
 その繰り返しが延々と続いた。
 晴田はサッカーをしている時本当に晴れやかで、奥山が出すパスを喜んで受けていた。奥山はとんでもないパスばかり出してしまうので晴田に対し申し訳ない気持ちになったが、そんな気持ちを打ち消してしまうほど晴田の姿が晴れやかだった。
 晴田は本当にサッカーが好きなんだな、と奥山は練習をするたびに思う事をまた思った。晴田は、パスの練習が出来ることをひたすら楽しんでいた。
 パスの練習は30分、1時間と続く。
 晴田は休憩を忘れるほど練習に熱中した。
 サッカーがそれほど好きではない奥山は体の疲れが晴田より先に立っていたが、晴田の晴れやかな表情を見ると、休もうとはなかなか言い出せなかった。
 それでも一時間を過ぎたあたりで、奥山は「少し休もうよ」
と言った。
「そうだね、休もう」
 二人は水飲み場へ行って水を飲んだ後、小山に座って休む事にした。
 二人とも汗びっしょりだった。
「なあ晴田さ、たまには他のやつ入れようぜ。誰かいないかなあ」
「いないよなあ。庄野は柔道部だし、田村は他の学校行っちゃってめったに会わなくなったしな」
「おれも飯島とかに来いよって言ってみたんだけど、他のやつと遊びに行っちゃうみたいだよ。最近付き合ってるやつって言っても、シンナー吸ってたりしてるようなツッパリなんだけどな」
「あいつも昔はあんなんじゃなかったんだけどな」
「内野はどう? 塾行ってるんだっけ?」
「親にきつく言われてるみたいよ。あそこそんな教育熱心じゃなかったんだけどな」
 二人は小学校の頃を懐かしむように、他の友達を引き込むための会話をした。
 二人が通っていた中学校は県立であるにもかかわらず地域内でも名門と言われていた。
 そんな中学校でも、当時まだ塾に通う同級生は少なかった。
 教育に意識的な親を持つ生徒が通わせていただけに過ぎなかった。
 もう受験戦争と言われはじめた時からずいぶんと経っていたが、地方という事もあって、まだのんびりしていた。
「俺らもやっぱ塾とか行かなきゃいけないのかな。貧乏だからなーウチ」
「いいじゃんまだ」
「まあ勉強きらいだし」
「じゃあ、そろそろ始めようか」
 会話が済むと、晴田が促してまたパスの練習を始めた。
 あいかわらず奥山のパスは右へ、左へと飛ぶが、練習の成果が出たらしく、少しずつまともな方向へ行くようになっていった。
「よくなってきたじゃん」
「おまえに、足の横で蹴れって言われたのやってんだよ」
「足の先で蹴るよりいいよ、どんどんやろうぜ」
 晴田に褒められた奥山は機嫌がよくなり、晴田の言うままにどんどんパスを送り込んだ。
 晴田はひたすらパスの処理に熱中した。

 やがて空の色がよどんできた。
 二人が公園内の時計を見ると、練習開始から2時間を回っていた。
「暗くなってきたから帰ろうぜ」
「ああ、じゃあウチ寄る時なんか飲んでいけば」
「あんまり帰るの遅くなると、ウチの親怒るからなあ」
「いいじゃんちょっとだけ」
「んー、まあ行ったら考えるよ」
「うん」
 二人は晴田の家に戻った。
 一軒家で二階建ての、割りに大きな家だった。奥山は低所得者層が集まるアパートに住んでいたので、家に行くたび晴田の事をうらやんでいた。
 晴田が玄関を開けると、晴田の母親が出てきた。美人ではなかったが気さくな母親で、いつも奥山の事をかわいがってくれていた。
「まあ、また義春につきあわされてたの? 大変だったでしょう、あがってジュースでも飲んでいきなさいよ」
「えー、家に帰るの遅くなるんで、帰ります」
「いいじゃん、ちょっとだけだよ」
「でもさあ」
「そう、じゃあちょっと待って」
 晴田の母親は奥のキッチンへ消えたかと思うと、オレンジジュースが入ったコップを手に持って、笑顔ですぐに出てきた。
「じゃあこれ飲んでいって」
「……ありがとう、おばさん」
 奥山は少しためらったが、コップを手渡され、一気に飲んだ。
「おいしかったです」
「疲れるだろうけど、また遊びに来てね」
「はい」
「奥山、じゃあ気をつけて」
「また明日学校でな」
 奥山が帰ると、晴田は表情を消して部屋に引っ込んだ。
 晴田の母親は奥山が帰った後、物も言わず部屋に引っ込んだ晴田を少しだけふがいないと思ったが、そんなふがいない晴田につきあってくれる奥野に心の中で感謝をした。
 母親は友達の少ない息子を常日頃から心配していたので、奥山に強く感謝していたのだった。
 母親は、ずっとこの時が続けばいいと思った。


 結局二人が中学を卒業するまで、他の仲間はサッカーの練習に加わることはなかった。
 中学を卒業すると、二人はそれぞれ別の高校へ進学した。
 その後成人を過ぎるまで、お互いがサッカーの練習をする事はなかった。

2012年10月26日金曜日

第弐回 10分ついのべバトル 跡地



日時
夜の部:11/2 23:00~23:10お題は「果実」でした。


昼の部:11/3 13:00~13:10お題は「言葉」でした。


参加資格
Twitterのアカウント持ってる方ならどなたでも

ルール
出されたお題にそったついのべを10分間で書く
参加意思表示としてハッシュタグ #10MTWN をつけてください。

タイムスケジュール
23:00(夜の部)/13:00(昼の部) お題発表・執筆開始
             お題発表は本記事と茶屋がtwitter(chayakyu)でつぶやきます。

↓   執筆

23:10/13:10 終了

↓   

まとめ発表(Togetter利用)

夜の部 まとめ
http://togetter.com/li/400754

昼の部まとめ
http://togetter.com/li/401032



因みに前回は↓な感じでした。




10分ついのべ 跡地

http://mukeikakusyobo.blogspot.jp/2012/06/10.html


夜の部 まとめ
http://togetter.com/li/321266

昼の部まとめ

http://togetter.com/li/321523


バトルなので今回はてきすとぽい「http://text-poi.net/」にて投票を行おうかと考えております。
てきすとぽいの投票・感想機能はテスト的な段階なので動作に不具合が生じる可能性があります。
投票・感想については二次的なものとお考えいただければ幸いです。


賞金・賞品などは御座いません。

ご意見等お待ちしております。

延長コード


 プラグが垂れ下がっている。
 はて?これは何に電力を供給するためのものであろうとコードをたどってみるのだが、コードは延長コードを解していて分岐の分岐を繰り返して、更にはコードが密生してこんがらがってしまっている場所まであり、しかもそのコードが似たような色をしているから余計にややこしい。やっとの思いでたどり着いたのは元の天井からぶら下がったプラグである。コンセントに刺してみれば良いのではないかと思うのだが、今度はコンセントが見当たらぬ。確かに延長コードの分岐点にはコンセントがあるのだが、そのどれにも何らかのプラグが刺さっており、開いているものがあったとしてもとても個人の家庭用途とは思えぬ奇妙な形をした穴が開いているのだ。ならばどれか適当なプラグを抜けば良いのではないかと思われるかもしれないが、そのプラグの先にはまた延長コードがあるわけであり、それを抜いてしまったが最後、下位にあたる延長コード郡に接続された電気駆動の何かが一挙に活動を停止されることを意味するのだ。はっきり言ってそれはあまりにも危険だ。この部屋の家電やら機械群は連動して動いているものも少なくなく、群を構成する一部の機械でも止まってしまえば重大な支障をきたしかねないし、それを復旧する作業など想像するだけで恐ろしい。壁にある大本の電力供給源たるコンセントは今や蔦のように壁にはったコード群に埋め尽くされてしまい、その行方は杳として知れぬ。そもそも電源を辿っていく作業ですらかなりの労力を要するのである。床は根のように張り巡らされたコードで埋め尽くされており、天井もまた同じである。窓も電灯も覆い尽くされてしまったから、コードに電球を取り付けており、またそれにはコードが必要なわけだからコードは成長する植物が如く部屋の中を埋め尽くしてゆくのである。もはや部屋は何もない空間以上にコードが占有する空間のほうがはるかに多い。それどころか、つい先日には窓が突き破られ、コードたちが外部へ露出してしまっていることが判明した。コードが束ねられ、からみ合ってできた巨大なアーチをくぐり抜け、冷蔵庫から食料を調達すると、今度はコードをロープがわりにして上へと登り、電子レンジへ投入するという有様である。
 部屋の扉が塞がれ、外へ出られなくなって久しくなるが、コードの幹の中に時折きのこと思しき菌類や金属質の光沢を持つ節足動物が這いずっているので、どうにか死なないで生きて居れるのである。テレビを見ることは随分と昔に諦めていたのだが、最近になってようやっとその場所にたどり着けるようになった。そのうちまたそこへたどり着く通路は塞がれてしまうのだろうけども、部屋としてはだいぶ狭くなってしまったのであるが、奇妙なことに移動を要する距離は長くなったように感じられる。まるで森の中を散策しているかのようだ。コードの森は次第に拡大しているような気がしないでもない。
 つい先日、人影を見かけた。この部屋に住むものはワタクシ一人であるとばかり思っていたし、こんな生活になる以前に同居人がいた記憶もない。長らく人に合っていなかったワタクシの見た幻影であろうか。まあ、他にすることがあるわけでもない、行ったことのない領域を探索してみるのも悪くないのではないか。
 とまあ、こんなかんじで書き記しているのは、どこかにつながったキーボードを見つけたが故である。ディスプレイは付近には見当たらない。ちゃんとこの文字が打ち込まれているのかも定かではない。だが、なんとなく書き記してみたくなったのだ。誰か見ているものがあったら、嬉しい限りである。



2012年10月3日水曜日

その35 こんな夫婦もいるんだ・・

パン屋さんの カフェ・テリア にて・・


ぼんやりと 窓の外を見ている(?) おばあちゃんがいて・・

そこへ トレィを持った 足元もおぼつかない おじいちゃんが 戻ってきた・・



トレィの上には アイス・オーレが2つと サンドイッチの箱と

小皿が1つ 載っている・・

そして ニコニコとおばあちゃんに話しかけながら ナプキンをかけてやり・・

「甘いのも入れておくよ・・」といいながら シロップをいれ ストローをさして

小皿に サンドイッチを 1つ載せて 食べ易いように おいてあげる・・

おばあちゃんは ぼんやりしたまま それでも 食べ始めた・・

おじいちゃんは それを見届けると 自分も座って 一緒に食べる・・



おじいちゃんは 始終ニコニコしたまま 

今日は混んでるね・・とか 寒くないかい? とか おばあちゃんに話しかけ

口元をふいてやり・・だけど おばあちゃんは ぼんやりしたままだ。



おじいちゃんが 「おいしいね。 おいしいい?」 と言った時

おばあちゃんが 初めて顔をあげ にっこりとした・・



ちょっと・・感動した・・




05/03/03 rudo


2012年8月11日土曜日

1でいりれーついのべ

概要
 1日でどれだけりれーついのべができるかという実験です。

参加資格
 自由

開催日時
 8/12 0:00~24:00

ルール
 8/12 0:00に主催者:茶屋がつぶやいたのからスタートでつなげていって下さい。
 ハッシュタグ#1DRTWNをつけてください。


雑な実験企画で御座いますが参加していただければ幸いです。
その他ご意見など御座いましたらご指摘いただければ幸いです。

2012年7月26日木曜日

「きた☆たん 北九州市短編・掌編集」について

■いきさつ

元々テキスポで本を作るつもりだったのですが、テキスポがなくなっちゃいました。
北九州市にまつわる小説や詩などを集めた本を作ります。


■タイトル決定

北九州市短篇集(仮)という名前で進めてきましたが、
タイトルが決定しました。

「きた☆たん 北九州市短編・掌編集」です。


■媒体

とりあえず、パブーに無料本を作ります。
それからささやかなコピー本を作りたいと思っています。

2012年11月18日に開催される、文学フリマの、
どなたかのブースのすみっこにでも置かせていただけないかなあと目論んでいます。


■創刊号

とりあえず、創刊号として北九州市七区の作品を集めます。
あわよくば、二号三号と……。


■参加者(あいうえお順 敬称略)

雨森……戸畑区、 門司区担当
あやまり堂……八幡西区担当  木屋瀬川合戦(1/3) (2/3) (3/3)
進常椀富(シゾワンぷー) ……小倉北区担当 半鐘を鳴らす手(1) (2) (完結篇) 
山田佳江……若松区、八幡東区担当


■締め切り

色々滞っていて申し訳ありません。

原稿締め切り 8月10日(金)
パブー本発行 9月末
コピー本発行 10月末

こんな感じで進めたいと思います。


■編集

おそらく山田がやります。
夏休みの間に写真を撮影してくるつもりなので、
ご要望のある方は、山田までご連絡下さいです。




なにやらじわじわと実現しつつあります。

2012年6月28日木曜日

ミライハキレイニ

ジャッジメントシリーズの黒い本の人の呟き。
最近MIXIで人知れず悩んで退会した人がいてなあ。

設定・ジャッジメントで黒い本を読む係りの人。性格、生真面目。
ですます口調 。
これでは自分がイケメンだということに気づいて気をよくしてます。
イケメンは描けぬので、絵をあえて載せない。
++++++++++++++++++++++
ミライハキレイニ

皆さんいかがお過ごしでしょうか?
覚えていてもらえればうれしいです、今回は私が出張です。
ジャッジメントで黒い本を述べさせていただいた、黒い翼の男です。別名悪魔とも呼ばれています。
名前は特にないのです。
自分自身を出すのはあまり好きではないのですが、中々私にはできない体験をしたので、これを書かせていただきますね。
 何故私なのか、というのは、中立位置にいるからだということです。
裁判所では色んな人の人生を知ることができるので、あの立場にいることは個人的には大変気にいっています。
ですが、最近変だと思いません?
…裁判所に来る人がおかしいとかではなく。
体験談を聞いてもらうのが一番ですね。あの本以外のもので人の人生を見るのは久しぶりです。
長くなりますよ、いいですか?

インターネット、携帯電話、厳しくなる法律、おかしな世界。
物凄く世界が早く回っていると思います。
特に…インターネット、電話の登場については面白く見させていただきました。
 皆さん周りを見てますか?
ええ、日本では就職できない人が多いとか…、いえ、人間の世界はよく分かってないのですが。そう言うのは別の者たちの方がよく知っているのです。
皆さん周りに人はいますか?
 お友達と呼んでいる人の名前と住所、年齢、生年月日、生い立ち。
知っていますか?
 お友達と呼んでいる方たちの、本当の性格。
知っていますか?
そのお友達の悩み事。
今回のお題となるのはこれです。
 私がよく喋ることの方に驚かないでください、面白いので、少し調べておきました。
はい、これは次にも使用すると思われる裁判の際に、日本に行って調べてきたんです。
なぜ日本?それは、ただ単に私が一度行きたかっただけです。
カタナとかキモノとか、そういうものを一度見てみたいと思いまして、いった先が、戦国時代でもなく、この時代だったのです。
最初はがっかりしました。
日本をよく知らない人間が、忍者と侍を期待していったのに、普通の服着てビコンクリートジャングルを見てがっかりするのに近いかと。
今時そんな人いないとか言わないでください、現にここにいるので!
最初はがっかりしましたが、すぐに別の好奇心が芽生えました。
私もさすがに芽生えた好奇心には勝てません。
面白かったので、私はここで一カ月の間いることにしました。服装は勿論この時代に合わせましたよ!
服そ上については困ったので、たまに本を代理で読んでもらう、例のあの言葉の悪い彼に見立てていただきました。
 元々黒髪なので、その髪をワックスで立てて…、黒いシャツに、ジーンズです。羽も見えなくしてみて。
どうです?
鏡の前で立って見て、カッコイイと自分で思います。細身の私には随分スタイリッシュに見えます。
 自分でうっとりしました。
鏡に映ることより、この時代の服が似合うことの方にびっくりです。
私は普段、黒い手袋に青いコート、黒いズボン、ブーツという、いわゆるファンタジックな服装なので。
 アレをこの時代ですると、コスプレなるものになるらしいですね。コスチュームプレイ?何ですかね、それは。
私の知っている意味と違うと怒られたので、割合させていただきます。

…失礼しました。はしゃいでしまいました。
 しかし家というものがないので、しばらくどうするかで悩みました。
隣によくいる彼はこの世界をご存じで。この時代を、正確には。
あちらの白い羽の女性のなかにも一人、この時代が大好きだという方がいましたね。
正行にリージ、彼らの時代です。彼らはインターネット上で別の生活をしていたと聞きました。確かインターネットという架空空間の上の名前があるのですね、彼らの場合は固定ハンドルネーム。
最初は意味が分かりませんでした。
 あれを読み上げるのは大変難しかったです。ハンドルネームにシステム、機械の名前からルールまで、意味が分からなかったです。
が、戻ってきた今なら少しわかります。でも本当に少しです。
なので、それにまつわることはいまだに彼に代理で読んでいただきます。

さて。すむ所がなく一カ月、ネットに興味ありの私なので、ネットカフェでしばらく暮らせといわれました。
 ホテルを手配してくれないのが彼です、たぶんわざとです。
ネットカフェの手配は、ほぼ例の彼がやってくれました。いつの間に証明書なんて作っていたのでしょう、写真に撮られたことすらなかった私には中々斬新な機会でした。
そう言えば服を身立ててもらった際に、妙なものをみせられました。
私の知っているカメラと違ったので、その時はカメラだと思わなかったのですが、今思うとあれがデジタルカメラ、略してデジカメというものだったんですね。
あのあと彼は喜んでどこかに持っていったのですが、彼が人の世界で暮らす場所で、勝手に証明写真として手続きしたそうです。勝手なことをしてくれますね。
私は機械音痴ですか?それとも理解が足りないのでしょうか。
しかしどうやってそれを写真に起こしているのか、私の知るのは、箱に入った、暗い場所で…。
その仕組みもよく分かってないのですが、あの時代よりはるかに進化しているようですね、。
 何にせよ、インターネットの存在を理解してなかった私が、一カ月でその仕組みを知れということの方が無理だと思います。人より頭の回転が速くて長寿でもね。

では前置きはこれくらいにして、いきます。
ネットカフェ、で、何をしろといわれても、何も分からない。キーボードの配置を覚えるのに半日かかりました。
白状します、私は中世なら好きなんです。日本でいう戦国時代の初期あたりです。
しばらくは彼が隣でひたすら教えてくれました。
 ドッキリ動画なんかに引っ掛かりましたが、私の立場で驚くわけにはいきません。…正直言うと少し驚きましたけど。
リージと正行がいたのは、大型掲示板ですね。なるほど、見ていて非常に面白いと思います。
感覚的に言うと、ノートが大きく広げられていて、それに色んなところに住む、顔も性別も知らない人たちがかいている。
それを自動的に反映してくれる…、これがインターネット何ですね。ただの鉄くずにも見えるし、どこか芸術的なフォルムにも見えるこれがそこまでの性能を持ったものだとは。
 ただ、場所…板とスレッド?によっては面白かったり、なんだか不穏な空気だったりと、見ているうちに疲れてきて、私はすぐに飽きてしまいました。
二時間くらいやって、飽きたと素直に言ったら、頬をつねられてしまいました。痛いです。本を読む立場なのだから、こういうのを覚えろと怒られてしまいました。
ですが折角来たんですから、好きなものをみたいです。やはり戦国時代の日本の着物、刀を調べるのは大変楽しかったです。
着物と刀にも種類や、時代によって変わるのですね。
インターネットで画像検索、それを見ると沢山の情報が。
 情報共有まで出来てしまうんですね、私の読みあげる本と同様に高性能かもしれません。
いえ、私の本の方が未知数ですけれど。人の心を映すという点では。
 失礼、また子供のようにはしゃいでしまいました。
そのうちに例の彼が、私にSNSというものを教えてくれました。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスというものの略だそうですが、説明されても意味が分からないので、まずは触ってみるまでです。
彼は今の世界に詳しいので、こっそり来ては遊んでいったり、時には人に紛れて仕事までしているそうです。
何の仕事か聞いたら、ホストもやっていれば、ある機関の社員として重要位置にいるといいました。
 詳しくいわれてもよく分からないので、放置します。
彼はああ見えて頭はとてもいいんですよ。口は悪いですが。
ほら、子供にも優しいでしょう、そこは評価してるんですよ。
 私と彼の間柄は、同僚に近いのですが、私の方が少し上と皆にみなされているらしいですね。何せ本を託されていますし、私の方がやや冷静なので。
今の私は中々に冷静さを欠いてます。目の前でこんなものに触れられると思っていなかったので、無邪気に思い出してしまいます。

 そのSNSの名前は…えーと、なんでしたっけ。まあ、おいておきましょう。
とりあえず友達が欲しいと思いました。共感してくれる人ですね。
私には裁判所の彼らや、人のいう地獄と天国を管理してる彼ら彼女がいるので、友達には困っていません。
けど、やはり戦国時代を知りたいので、それの友達が、人でほしかったんです。
人がどのような考えを持って生きているかを知りたかったというのもあります。
 私は黒髪ですが、顔立ちは白人に近いので、街歩いていると時々面白そうに見られます。
見目がよいといういい方をするとナルシシズムまじってしまいますが、事実なので仕方ないです。あ、頬はつねらないでください。痛いです、やめてください。
 言い直すと、見立ててくれた彼がセンスがとてもよかっただけです。
なので、チャラチャラとしたものでもなく、かといって堅苦しくない着崩し方や振る舞いを教わりました。
少しだけ化粧までされました。動物はオスが着飾りますが、人間はメスが聞かざるものだと思っていました。しかし最近はオスもするようで。
つけられた香水やらなにやらが私の肌に悪く作用しなければいいんですが。
私はあの通り、いつもは堅苦しい性格ですから、まさか彼に教えられるとは思いませんでした。ですがこれが後で役に立ったんです。
オフ会という場所で。
一カ月、彼のネットワークに加わりました。
驚きました、彼のネットワークは今まで見た人間の中でも群を抜いていました。
 人間じゃないといったらそれまでですが、さすが裁判所に立っているだけあります、人の心をつかむ文章、言葉遣いがとてもうまかったのです。
あの裁判所、大量にいる私たちの中から、たった五人ずつ選ばれたのですから、まあ彼が優秀なのは間違いないです。
 私はどう接していいかわからず、最初は人間の扱いに困りました。
さて、SNSですが…、登録を四苦八苦して終えた後に確認すると、彼の友達といわれもののなかに、日本の歴史に詳しい人たちが多いことでした。
私は顔写真をはりました。更に生まれをソ連…あ、これは古いんですね、ロシアです。それに設定しておきました。

彼はカリスマ性を持っているので、その彼の紹介で海外、日本に興味あり。そう伝えてもらったところ、軽く数十人と簡単にお友達になることが出来ました。
最初はとても面白かった。
 メッセージやツイッター、色んなものを駆使して、気になったものを質問する。
ときにはこちらも質問を受ける。あいさつを繰り返す。
興味深いものです、たった一週間の間、インターネットにずっといる私に、どんどん砕けた話し方になって、生活の一部を直接的ではなく、見ることができる。
確か一昔前はこれがなくて、手紙や電話でのやり取りが主流でしたね。
以前裁判所に来た例でいうと、電話代がかかってしまって自殺してしまった子が来たことがあったのですが、今は電話代すら定額だとか。勿論、インターネットも。
あの子もこの時代だったなら生きていられたのでしょうか?まあそんなことはいいです。
携帯電話は、彼が持っていました。触らせてもらいましたが、全く使い方が分かりません。人は器用なんですね。
私の中のひと昔は、千年くらいは軽く前なんですけど、ここでいうひと昔は、十年です。
年月の流れが目まぐるしくて、こちらで主流の英語ですら略されていて、日本語は勿論、英語まで再度覚え直すのに困りました。
顔文字と言い回しまで変わっているだなんて、困ります!顔文字の存在だってこの前やっと知ったばかりなのに!
 私の持っている本には、私たちにしか分からない言語で書かれているので、そういう不自由さは味わうことはなかったのです。
 一見二十代後半の、黒髪のロシア人…今思うとなんだか設定が変ですね。そこは彼が上手くあとづけをしてくれたので助かりました。
そのロシア人の私は、数日たってオフ会なるものに連れていかれました。
 後で彼につねられそうですが、私は異性も同性も気を惹くタイプらしいですね、嬉しいです。
昔でしたら異人さんとして忌嫌われていたはずなんですけど、時代が変わったんですね、珍しさに沢山声かけられました。
 まずは皆と居酒屋へ。
恥ずかしいですが、私はお酒をたしなんだことがありませんでした。
なので、彼に無理やりビールを飲まされました。喉がひりひりしました。少し飲んだだけで、頭がくらくらしました。
私が知っているのは白酒やワイン程度なので。本当にお酒に無知なのです。
 話は大変楽しかった。歴史のゲーム、参考書にあるような歴史の話、家の作りから武士たちの役割。
 会ってなおさら盛り上がるお互いの行動について。
…楽しかったのですが、そのあと私は少し孤独を感じました。
 彼らの性別から年齢、本名を、会うまで知らなかったのです。
しばらく誰が誰か一致せず、困りました。
なので、冒頭のおかしい世界というのはこれをさすんです。
下手をすると、本名、住む場所の詳細なんて誰も知らない。また、私の住む国や大まかな場所は聞いても、詳しいことまで突っ込んできかない。
正行の裁判の際に彼が行っていたことはこのことだったのですね。
 勿論、私は設定づけをされているので、それを言うだけですが、これが彼らの日常なんですね。
 その設定づけすら気軽には言うなと彼に強くいわれました。友達なのに?住んでる場所と名前を言ってはならないと。
働いている先の人たちなら別でしょうが、仲間と気軽に呼ぶ彼らは、お互いの年齢も、誕生日も、本名も、住む場所も、家族構成も。
それを飛ばして仲良くなってしまうのですね。
 こそりと隣の彼に来ました。これが常ですか、と。
軽く頷いて、彼は説明をしてくれました。
 相手は会うまで何も知らない、知る手掛かりは、相手のHP、日記、プロフィール。
時々写真が載っていればそれで知る程度だとか。

オンラインで公開している日記になにが書かれていますか?
 その日の大雑把な行動、地名をぼかしての場所で、なにを買った。
それでなにを知れといわれたら困るのですが、これも慣れだと彼に言われてしまいました。
慣れ?私には麻痺という言葉が正しいと思いましたが、説教臭くなると怒られたので、あまり言わないでおきます。
あって初めて性別が判明する方も。
 相手方も、私が彼とどのような間柄か、どんなことをよく話のかはその時に初めて知る。
裁判所の話をしたら、他の彼らは全くわからなかったようで、彼に『うっかり喋るな』と頬をつねられました。痛いです。全力でつねられました。

そしてオフ会を終えて帰り、またネットを見る。
なかには仕事先が見つからない、と愚痴る人。
 ネット上では如何にも充実した人生を送っているかに見えた人が、酔っ払って愚痴をこぼしていました。上司や同僚の人あたりが辛い、仕事がつまって寝る暇もない。
翳りのある顔、どこか生気がない様子は私はすぐに分かります。
 案の定です。その人は私がその地を発つ直前に亡くなりました。
なのでこちら…裁判所で会った時、驚かれてしまいました。
 来たこと自体はいいのですが、私の持つ黒い本にはその人の悪事が事細かに全て忠実にかかれています。
 白い本にはその人の善行が事細かに。
本には、まず私の方には、出身や年齢や育ち、全て書かれてあります。
ですが、本に書かれている内容と、ネットで見たその人の日記やプロフィール、それを照らし合わせて、思わず首をひねりました。
 その人は出身地は勿論、育った経緯、学生生活、その後の暮らし何から何まで作り上げていた。インターネットという虚構の世界で。
インターネットでは随分といいランクの学校を出たと。世界的に見て、です。海外の大学を首席で卒業したんだといっていました。
 住んでいる場所は東京、働いている場所も大手の会社。
私は、その場は信じてしまいましたが、彼から言わせればすぐに嘘と分かるそうですよ。
中々難しいですね。
私は人を信じやすいのでしょうか、たまには疑うことも必要ですね、修行が足りません。
何故そうまでして嘘をついたと裁判所で私は聞きました。
友人としてでなく、ただの裁判員の一人として。
その人は泣きながら言いました。
『下に見られたくない。皆に馬鹿にされたくない。育ちや学歴が悪いだけで見下されたくない。だから作り上げた』と。
 友人というものは全てをさらけ出せる間柄ではないのですか?少なくとも、彼と私はそういう間柄です。
悩んでいれば相談に乗ってもらえますし、新しい仲間が加わればその話を。
嘘はほぼ言わないのです。悪魔と呼ばれている私たちが。
 人はとてもプライドが高く繊細です。年代や国にもよりますが。
なかにはとんでもなく図太くて飽きれてしまうほどの人もいますが。えっ、リージのことだなんて言ってませんよ。
インターネットの世界で作り上げた友人関係、それらに対して嘘をついていたのですね。
嘘なんてどうでもいいですが、最初のオフ会の後何度も会いました。
日記では楽しく楽しく、友達が沢山だと。休みの日は遊びに行って、欲しいものを買う。
その人が、本に書かれていることをそのまま言えば、一人ずっと外に出ないで暮らしていました。
 日記は大げさに書いていただけです。
その人は結局どうなったかというと、悪いことは特にしていませんが、自殺をした…つまり自分を殺したわけですから、話し合いの結果、地獄へ行っていただきました。
 ただし罰なんてほとんどなく、すぐ輪廻しますけれどね。

虚構の世界。虚構の世界は夢でもなくリアルでもなく、そこに新たな自分を作る。
人によっては素のままを、人によっては作り上げた理想の自分を。
プライドを気にして、会う時も何もかも。
一人でさみしいことなんて書けもせず。
 その裁判の後、彼に聞きました。
日記とは何ですか。私が知っている日記は、自分の本心を語るノートの様なもの。
それを偽って書くことに何の意味があるのですか、と。
彼は真顔で私が問うのがおかしかったのか、質問内容がおかしかったのか。
ひたすら笑っていましたが、ひとしきり笑った後、『だからこの時代が面白いんだよ』と、流されてしまいました。
性格も若干悪いところは知ってますが、その笑い方に口調、全て見透かしたような目に、さすがに引いてしまいました。
その後煮えたぎる血の海を崖の上から眺めて、ポツリ、と話してくれました。
私たちが接していた彼らは、ほぼ全員が心の内を隠していました。
ここら辺はまだその人たち全員がやってきてないので、彼の憶測ですが…、ただ、彼は人の心を覗き見るのが大好きなので、分かるみたいです。
 日記なんてものは、ただの報告書の様なもの。
一人誰にも相談できずに悩み、やがて緩やかな死を求めて動き出す。
心が病んでいるならそれを書けばいいのにと私が言えば、また言われました。
『そんなことすりゃ、あいつと関わりたくないっていうんだ』そう毒づく彼は、少し寂しそうでした。
 ではどこでストレスを発散するのか?
会社で疲れ、家では寝て、ネットでの交流は見栄を張る。
なにをそこまでするのだろう。
だから、病院というものが存在すると。
私の知る病院は、人を治すためのもの。色々な成分の物を人にうまく作用するようにして、それを相手につけたり飲ませて、治療するための場所。
ですが、それは今の世の中では、場所によってはただ金をむしり取るだけで、依存性のある強い薬を提供す場所もあるようです。
 それどころか、ある国では死を促すための薬もあるそうです。安楽死とはまた違ったものだといわれました。
 その病院もやがて信頼できなくなって、アレに行くわけです。
匿名での大型掲示板。私が飽きたといって怒られたアレです。
そこで名も知らぬ人相手に愚痴を吐き、呟き、賛同を貰い、たまに反対をされてそして絶望する。
 世界の仕組みが随分と変わっているのですね。
これはこれで面白い世界ですが、私はあまり好みません。
見た目で人を判断しないといけない、インターネットは分からない。
全員が全員というわけではないですが。
当然その地獄行きの人も、私が人間ではないことは当然ですが、設定した『本名』も知らず、日本語のできる、日本が好きな外人としかしらなかった分からなかった。
ハンドルネームと、彼とのやり取り、その程度で判断していたそうです。
 孤独に埋もれてその人が生きてきたなんて、会っただけではあまり分かりませんでした。

 そのうえで友人という言葉を軽々しく使うものかと思うと、ため息が出てしまいます。
作り上げられた世界で、私に本当の友達は何人いたのでしょう。
 その人が自殺に踏み切るまで、相当悩み事があったはず、それをほとんど見せずに過ごしてきたのです。
 また、私が虚構世界で暮らす彼らのことをなにを分かったのでしょう。
私が悩めば悩むほど、隣で血の海を見下ろしていた彼は面白そうに笑いました。
彼らは仮面をかぶって生活している。
 変な世界です。
彼にとっては楽しいのでしょうが、私の様な真面目と呼ばれる人間には、疲れる世界でした。
ただそれだけです。

おっと、失礼します、そろそろ次の裁判の時間です。
 裁判が終わったら、次はどこに行きましょう!
あの服は持っているので、また行きたいです。日本も面白いですけれど、次はインドやアメリカにも行ってみたいです。
最近は物騒らしいですが、フランスもいいですね。設定づけされたロシアにも行ってみたいです。
 寒いところはあまり好きではないので、暖かい場所がいいのですが。
たった数年で世界がらりと変わるらしいので、ちょくちょく行くことにしようと思っています。その時は勿論、彼に教えてもらいながら。
 …すみません、正直、私は少しだけ、複雑なあの世界が気にいりました。
私も悪魔と呼ばれる一種ですから。




2012年6月19日火曜日

無計画リレー小説 第拾話

あやまり堂

【各話おさらい】
無計画リレー小説について
1話 2話 3話 4話 5話
6話 7話 8話 9話

【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。

**********


 美園軍司が敵の大軍へ突入し、真ん中で大暴れしている間、
 勇太たちの前に、すだちの頭を持った少年がやって来た。

「やあ、僕はすだちくん。徳島県のマスコットさ。よろしくね」

 赤いマントをひるがえし、にこにこと笑いながら、緑色の怪人はえっへんと胸を反らした。

「ほら、第六話だったかな。ぎゅうって絞られて、ぱらぱらと空から降ってきたのがあったでしょう。
 あれ、僕だったんだ」
「……」
「何て言うか、別にこの形を取る必要はなかったんだけどね。
 でもさまざまな条件で、僕はこの姿になった。展開によってはミニスカートをはいて、
 惜しげも無く太ももをさらす萌えキャラになっていたかもしれないけど……、仕方ないね」

 彼方では、美園軍司が金色の光を帯びながら、化物どもを次々と打ち据えている。
 一撃で、数十人の敵がぶっ飛んだ。
 ネギに白菜、大根、苺。軍司が振り回すたび、敵がボコボコだ。
 もう、何が何だか分らない。

「強いね、彼は」
 すだちくんは言った。
 二人の困惑など完全に無視している。
「君が考えたのだから、美園軍司が無敵の超人になるのも当然さ。
 でもそれで、次はどうするんだい? もちろん、このまま終ることもできる」
「どうするって……?」
「みんな飽きちゃったのか、手に負えないとしたのか、とにかくリレーが続かなくなっちゃったからね。
 僕はそれで出てきたんだ。このまま尻すぼみで消えるのは、僕としては気持悪いからね」

「そんなこと……」
 私たちに分るわけがない、とさおりは言った。
「私たちは無力だから」
「そうだね、無力だ。でももちろん僕だって無力さ。誰かが続けてくれないと先へ行けないのだから」
「でもこんなことは前にもあった。六話から七話に進むのに、一ヶ月半もかかった」
「それは違う。その期間は、書き手の中で物語の展開、つまり無計画性が揺れていた時間だ。
 次の書き手が一ヶ月も名乗り出ないのは、今回が初めてだよ」

「すだちくんは――」
 勇太が呼びかけると、途端に白目を剥いて振り返った。
「あ、呼び捨てか?」
「……」
 勇太、さおりと目を見合わせて、
「えと、すだちくんさんは――」
「うん、何だい?」
「何ていうか、上位の存在なの? メタ存在っていうか……」
「意味が分らないな。僕は単にこの世界で語られているものに過ぎない。
 複数の階層に存在する複数のジョイスも、あそこで戦う軍司も、君の祖父の繁も、
 結局は、語られている世界内の存在に過ぎない」

 すだちくんはすべてをひっくるめて、解決しようとしている。
 強引に。

「ここで物語を終えるなら、そうだね、美園軍司はあのまますべての敵を撃破して、
 ついでに世界の殻も破って外へ飛び出して行くだろう。
 あるいは唐突に巨大化した君が、世界を崩壊させても良い。君たち二人の愛で世界を包むことも可能だ。
 つまり僕という存在が現れた以上、この世界はどういう要素をもとにしても、終ることができる。
 むろんそれは、第二話で提起された『勝つか負けるか』という観点からは『負け』になるけどね」

「じゃあ、終らないことにしたら……?」
「物語が続くのなら、僕はこの世界を浄化する。
 僕の香りなら、前に怪物を退治した時みたいに、この混沌とした世界を清めることができるからね。
 当然、それをひとつの終りとすることも可能だ」

「そう、すだちは香り……」
 さおりが呟いた。
 かすかに、喘ぐように。
 青果店の娘として、父親が戦うのを見ていられないのかもしれない。

 肩をふるわせ、前へと進みながら、
「すだちは、香り成分が多く、深いのが特徴。
 レモンを遙かにしのぐ、そのすがすがしい香りは12種類のモノテルペン類の複合香からなり、
 他の柑橘類には含まれない『スダチチン』『デメトキシスタチチン』さえも含んでいる……」

 そしてさおりは泣いた。
「お願い、すだちくん! この世界を、すだちの香りで満たして!」
「了解だ。じゃあ、きっと誰かがまた続きを書いてくれることを祈って、僕は僕を絞るよ」
 そう言うと、すだちくんは右手を高く掲げ、ぴょんと飛び上がった。

 そう。
 彼はもともと、東四国の国体キャラクターに過ぎなかった。
 暫定的な存在。
 それどころか、応募1574作のうち、一次審査で落とされたキャラクターなのである。

 だが見出されるやたちまち人気者となり、今や全国的な知名度を誇るに至った。
 東京、目黒のさんま祭りにもこの十年ほど、毎年登場している。

 ちなみに宿敵は、かぼすちゃん。
 大分県特産の、紛らわしい奴である。

「すだち、シャワーッ!」

 上空で、すだちくんが両手両足を伸ばし、叫んだ。
 そして空中でぐるぐる急速回転し始めると同時に、戦場へ雨が降り注ぎ、
 すっぱい、強い芳香が広がるのである。

「アルファ・リモネン……」

 さおりが呟いた。
 頬を伝うのは涙か、すだちか。

 リモネンの醸し出す香気には、心気を整え、ストレスを緩和する効果がある。
 そして柑橘類が持つクエン酸には、疲労回復、美肌効果があった。
 すなわち、すだちの香り広がる戦場に、やすらぎが訪れた。

 おぞましい世界がおだやかに、安らかに沈んで行く。
 勇太たちを取り囲む大軍勢も、それと戦う軍司の姿も、曖昧に、あやふやに消えて行く。
 世界が消える。


 ……やがて勇太たちは、あのなつかしくも陰気な古本屋に戻った。

 そこはつまり、終幕と継続の狭間である。



( )











※作者註:かぼすちゃんは、存在しません。

2012年6月5日火曜日

10分ついのべバトル 跡地



日時
夜の部:6/15 23:00~23:10 お題は雨でした。
昼の部:6/16 13:00~13:10 お題は温でした。

参加資格
Twitterのアカウント持ってる方ならどなたでも

ルール
出されたお題にそったついのべを10分間で書く
参加意思表示としてハッシュタグ #10MTWN をつけてください。

タイムスケジュール
23:00/13:00 お題発表・執筆開始
                  お題発表は本記事と茶屋がtwitter(chayakyu)でつぶやきます。

↓   執筆

23:10/13:10 終了

↓   

まとめ発表
夜の部 まとめ
http://togetter.com/li/321266

昼の部まとめ
http://togetter.com/li/321523


ファボ数/RT数などを集計して、順位を発表します(日曜夜に集計作業)。

賞金・賞品などは御座いません。

ご意見等お待ちしております。

2012年6月3日日曜日

未来の話


 これは未来のお話。
 子供の頃の僕にとって遥か未来の話。
 結局やって来なかった未来の話。

 例えば人類が宇宙に移住して、ロボットが家事をしている。テレビ電話はもう古くて、立体映像が標準だ。
 例えば巨大なロボットが宇宙怪獣から地球の平和を守っていたりする。人間同士の戦いなんてもう古臭い。
 まあ、そんな未来はやって来なかったわけで、当分やって来そうにもない。
 子供の頃は時間が長くて、この「今」は随分先に感じられたものだ。
 だから、その「今」にたどり着くまでの間に、きっと猫型ロボットとか、空飛ぶ車とかができるもんだって変な確信があったんだよ。
 でも、意外と時の流れは早くなっていって、あれよあれよという間に僕を飲み込んでいったんだ。
 僕は半ば溺れるようにして、時間の急流を流された。
 ロボットの誕生を過ぎ去り、宇宙へと引っ越す日時を過ぎ去った。子供の頃思い描いていた未来はいつの間にか過去になって、今の僕にとっての未来は小規模な希望と不安の世界。
 きっと人類は進歩するだろうし、何だかんだで未来には近づいていっているんだと思う。
 それがどんな形で実現するにしろ、僕はそれにどんな気持ちで接するのだろう。

 それまで生きていられるだろうか?

 僕は未来の為に戦っている。
 我らが未来へ侵攻せしは別のものが抱きし未来。
 これは未来と未来の戦争で、その過去である現代と現代が最前線である。
 他人の未来を叩き潰し、侵略してでも僕たちは僕達の未来を実現させてみせる。

 進軍せよ、我らが戦闘ロボット。
 迎撃せよ、魔法のような道具をもった青猫よ。
 勝利せよ、人類が地球という束縛から逃れるために。

 僕は鋼の鎧に身を包み、奇跡を操る狂信者達に立ち向かう。
 僕は銃を構え、我らの力を削ごうとする自然人達を撃ち殺す。
 僕は現状維持派の古臭い武器を握りつぶし、破滅主義者の自己犠牲的猛攻を跳ね除ける。
 漁夫の利を狙う相対主義者たちは仮初の中立の中で、いずれ瓦解するであろう。

 これは未来をかけた戦い。
 未来が存在する限り、
 人類が一つである限り、
 永劫に続く戦いである。

2012年6月2日土曜日

半鐘を鳴らす手・完結篇

  俺たちは現状維持に気を配りつつ、横目で今井の姿を追う。
  今井は疾走し、敢闘門そばまでたどり着いた。だが自転車はタイヤを擦りつつ、壁に激突する。
 今井は落車して転がった。
  俺たちの自転車、ピストにはブレーキが付いてない。今の状況下では壁に当たって止まるしかなかった。ここまでは今井も計算していたはずだ。しかし、アイツは運がなかった。
 落車したときに足をひねったらしい。
「今井!」
「いま行くぞ、今井!」
 俺と立川さんは叫んだ。 
  俺たちは裏切り者であろうと、今井を助けたかった。
  危険を承知で、打撃の手を一方向に集中する。俺たちはわずかに今井に近づいた。だが、痛みを感じない様子のゾンビたちが、すぐに立ちふさがる。 
  今井は立ち上がったが、のろのろとびっこを引きながら門へ向かう。
 そこを黒服の運営員に捕まった。さらに、赤シャツの競輪選手が今井の肩を押さえ、肉に噛み付く。
 そばの階段から、破れたスーツを着た者や、他の競輪選手が上がってきて、今井に群がった。一度捕まれば終わりだ。
「うわぁあああああっ!」
 今井の絶叫が響き渡る。
 俺たちの周りのゾンビが、それを耳にしてよだれをたらし、注意を今井に向けた。
 立川さんが声を張る。
「今井の犠牲を無駄にするな! 一発食らわしたあと、門までダッシュだ!」
 立川さんは、今井の裏切りを美談に変えた。細かいことにこだわる必要はない。
 俺は号令を出した。
「いまだ!」
 俺たちは自転車を振るい、レンチで殴りつけ、最初の囲みを突破した。
 俺たちは駆ける。
 進路上に存在するゾンビは、こちらか今井か躊躇した隙に殴り飛ばす。
 うまく行っている。今井の新鮮な血の臭いが、奴らをかく乱しているに違いない。
 ゾンビたちが群がり咀嚼する、今井の近くを通り過ぎた。今井はひどい有様だった。首が外されていたので、もう蘇ることもないのかもしれない。
 貪欲な二体のゾンビが、俺たちを目にして立ち上がった。他に追ってくる者もいた。
 だが、その時俺はたどり着いていた。
 白く輝く敢闘門に。
 俺の背後で、村田がゾンビを打ち据えながら言った。
「開けろ、知己島!」
 敢闘門には、目の高さの位置に外を覗ける隙間が付いている。
 だから俺には見えていた。
 それでも俺は敢闘門の右半分を引き開けた。
 そして、絶望とともに呟くしかなかった。
「もう……逃げ場がない……」
 強烈な腐敗臭が鼻をつきぬける。
 バンクを取り巻く無人のはずの観客席には、おびただしい数の生ける死者がうろついていた。目の前の競技バンクはドームの二階にあり、その内側はすっぽりと抜けている。床が一階にあるアリーナだ。そこも爛れ傷ついたゾンビたちでいっぱいだった。
 俺たちの晴れ舞台、バンクの上も。
 そこかしこに小さな群れができ、競輪選手や審判員が、倒れた仲間を喰らっていた。
 誰がドームへの入り口を開けたのかは、もはや問題じゃなかった。
 この北九州メディアドームの外、小倉北区の市街は、すでに奴らが溢れているのだった。
 俺たちが宿舎に入ったころには、静かに始まっていたに違いない。
 小倉では暴力事件が多くなっているようだから気をつけろ、と注意されていた。
 俺は、いつものことだと気にしなかったが、それは前兆だったのかもしれない。
 今晩、この今、臨界点に達し、迸るように街を支配した腐敗と飢餓の。
 どよめきのような唸り声がドームを満たしているせいで、気付くのが遅れた。
 俺は唐突に左足をつかまれ、アキレス腱を食いちぎられた。
 足のないゾンビが、敢闘門の裏側に潜んでいたのだった。
「畜生が!」
 俺は激痛が襲ってくる前に、そいつの頭を蹴り飛ばした。身体を支えきれずに倒れる。
「よくも知己島を!」
村田が横に飛び出してきて、フレームでその頭を刺し貫いた。
 俺は左足全体に広がる痛みに起き上がれず、脂汗をかいてうめく。
 立川さんと安達が飛び出してきて、門の左右に回る。門を閉じ、端から押さえて開かないようにした。
 村田が肩を貸して立たせてくれた。
「しっかりしろ、一口やられただけだ!」
「ああ、ああ」
 俺はなんとか答えたが、痛みは左半身に広がり、痺れかけていた。こんなのは普通じゃない。もう、長くはないと直感した。
 敢闘門が内側から激しく連打される。
 門を押さえながら、立川さんが言う。
「どうする? 外も奴らでいっぱいだ、逃げ場がない!」
「でも、外に出ないと助かりません!」
 村田が怒鳴り返した。
 敢闘門がたわみ始め、安達が悲鳴のような声を出す。
「ここも、もう持ちません!」
 この騒ぎで、バンク上でもこっちに気付いたゾンビが出てきた。
 俺は言った。
「やづらがきづいだ……」
 自分の言葉に衝撃を受けた。口が回らなくなっている。
 立川さんが諦めたように門から離れた。
「ここはダメだ。バンクのほうに下がろう。安達、離れろ!」
 俺たち四人は再び固まり、周囲に目を配りながら、ゾンビのいない方、バンクの内側へ移動していった。
 俺は村田に支えられてついていく。
「ふんばれ、知己島。俺たちは助かる、助かる……」
 村田の励ましが、俺の意識をつなぎ止めていた。村田は頼りがいのある奴だ。うまそうな腕をしているだけはある。
 俺は一瞬の連想を打ち消した。
「うぐぅぅぅぅ……」
 唸って人間の魂を奮い起こす。友情を思い出す。
 バンクを横切ったところで立川さんが動きを止め、小声で言った。
「……どこへ……行く?」
 俺たちはバンクの内側で追い詰められていた。血まみれの腐りかけた奴らにぐるりと囲まれ、そいつらが呻きとともに輪をせばめてくる。
 敢闘門もこじ開けられ、中からゾンビたちが溢れ出す。
 奴らにも感情の名残りがあるのだろうか。俺たちに逃れる術がないと知り、まるでこの状況を楽しんでいるように、ゆっくりと近づいてくる。
 このままでは誰も助からない。
  俺は決意した。
「お、おでがおどりに……なる!」
 そう言って振り上げたレンチが固いものにあたり、甲高い音が響いた。
 レンチが、釣鐘型の半鐘に当たっていた。小倉競輪場だった時代から引き継がれ、中央が虹を意味する五色、アルカンシェルに塗られた半鐘は、俺の後ろに吊り下げられていた。
 その音が鳴り渡った瞬間、生ける死者たちの唸りが止み、動きが止まった。
 俺たちも息を呑む。
 それから、俺の頭がまだ機能することを、何かに感謝した。
 俺はレンチで半鐘を続けざまに打ち鳴らした。ちょうどレースで最後の一周が始まるときのように。
「ヴおおっ、ヴホッ……」
「オオオッ、ボホォ……」
 半鐘の響きに連れて、ゾンビたちに動揺が走る。俺たちに対する興味をそがれたように、濁った目で辺りを見回している。
 俺はさらにレンチを振るった。
「ヴホッ、ヴオオオッ」
 口々に喘ぎながら、元競輪選手だった屍たちが、とうとう自転車に手をかけ始める。
 そして生前とは比べられない拙さだったが、自転車でバンクをよろよろと走り始めた。
「オオオオオッ!」
 足が完全じゃなくなっている者たちは、地面を叩きながら悔しそうに唸る。
「どういうこった……」
「何をした、知己島?」
 安達と立川さんが呆然と呟く。
 俺には分かっていた。失くしかけの人間性からの最後の贈り物に違いない。
 周囲に存在する腐りかけの者たちは、死してなお、このメディアドームに引き寄せられてきた。生前は相当な競輪好きだったはずだ。
 さらに競輪関係者なら、この鐘の音を聞いて奮い立たないわけがなかった。
 溶けかけの脳から、魂の残渣を蘇らせる。
 かき鳴らされるジャンの連打には、その力があったのだ。
 俺の身体からは痛みが消え失せ、ふわふわとした麻痺感に包まれていた。ただ、飢えと乾きだけがだんだんと募ってくる。
 もう自力で立っていられるので、村田の腕を振りほどいて言った。
「むらだ……」
 半鐘の音で聞こえなかったらしく、村田は顔を近づけてきた。思わず、よだれが湧いてくる。俺はこちら側に踏みとどまりながら言葉をつむぐ。
「むらだ、いまならいげる……じか通路から宿舎に逃げろ……おではのごる……」
 敢闘門からは、残った競輪選手が自転車で出てきてバンクを走り始めていた。運営員やスーツを着た関係者の何人かも自転車に乗っている。彼らも観衆の見守るバンクを走りたかったのだろう。
 他のゾンビたちは低くのどを鳴らしながら、よろよろと走る自転車を惚けたように見つめる。
 村田が肩をつかんできた。
「知己島、おまえをおいていけるか!」
 俺はもう、いつまで喋れるか分からない。
 半分だけ欲望に従い、歯をむき出して言った。
「おまえを食いだい」
 村田は一瞬目を見開き、それから後ろを振り返って、安達と立川さんに何事か伝えた。
 半鐘の音と死者の唸りが混ざる中、安達が無言で俺に頭を下げた。立川さんは目を閉じ、俺に向かって合掌する。
 村田が大声で訊いてきた。
「最後にできることはないか、知己島」
 俺の飢えは限界に近かった。正直に言わずにいられなかった。
「腕を一本おいでいげ……ゆびざきでもいい……ちょっどでいいんだ……」
 村田はうつむき、目からうまそうな汁を流しながら言った。
「腕はやれん、知己島。だが、おまえのことは一生忘れない!」
「そうが……いげ……」
 俺は心底がっかりしたが、まだ分別はわずかに残っていた。
 村田は口元を押さえながら、安達と立川さんを促して敢闘門へ向かった。
 ゾンビたちは目もくれない。
 俺の肉たちが遠ざかっていく。俺の肉、俺の大事な肉……だからこそ守らなければならない。俺は欲望と魂の狭間で叫んだ。
「ヴぉおおおおおおおおッ!」
 首をのけぞらせて叫びながら、必死に半鐘を叩き続けた。
 腐りかけの観衆が見守るなか、血みどろで傷だらけのレーサーたちがバンクを回る。膿と内臓をこぼしながら。
 村田たちがどうなるのか分からない。
 だが、俺は続けなければならなかった。
 このメディアドームで最後の競輪を。おそらく北九州で最後の競輪を。
 もしかしたら、地上で最後かもしれないミッドナイト競輪を。
 この半鐘を鳴らす手が、腐り落ちるまで。
 すべてが無害に腐り果てるまで……。


「半鐘を鳴らす手」もしくは「ミッドナイト競輪of The Dead」完

 無計画書房版特別エンディング
 すべての惨劇は過ぎ去った。
 小倉の街は静かな朝を迎える。
 街のいたるところ、通りの隅々に干からびた無害な屍が横たわる。
 息吹の気配が無いなかでも太陽は昇り、北九州メディアドームを照らした。
 自転車競技に使われるヘルメットを模ったといわれる、滑らかなフォルムが白銀に輝く。
 そのメディアドームを望みながら、一人の男が歌っていた。
 がっしりした肩から吊り下げたギターを、無心にかき鳴らしながら。

 オーイ 夢のラップもういっちょ
 さあ 夢のラップもういっちょ
 
 弔いの歌は風に乗り、孤独に流れていった。

2012年5月26日土曜日

いいてんき。 晴れだよ。タオルを洗ったよ。

その時 私は高校生だった…

高校生のころ 学校とは別に 
ちょっと???と思うような
付き合いをしていた人たちのことを 思い出す。

そのころ 私は大学生主催の
「漫画同好会」なるものに入会していた。

漫画家になりたい と思う人のための同好会だけど
活動的には あまりたいした事なかったような気がする。

まとまった作品を発表していたのは
その同好会の会長だけだったし。
月いちの会報 と ときどきオフ会もあったりした。

オフ会は一度だけ参加した
なぜか 高尾山に登ったんだよね 。。。

今思うと 変な企画。。
漫画家志望の集まりなのになぜ山に登るのか?

その後は その時に仲良くなった人と 時々会った。

今考えると 微妙に変なのでちょっと思い出してみる。

ちょっと変な3人 一人は なんか華奢なきれいな顔をした男の人で
彼の仕事はなんだったのか? 

一度 夏の暑い盛りに
「夏祭りのポスターを描くんだ 手伝いに来ない?」 と誘われた。
なぜか 手伝いに行った。

特別、親しかったわけではない…
オフ会で一度会っただけだ。

その時 私はけっこう本気で
漫画家とか イラストレーターに憧れていたので
そういう商業用のポスターを描く現場を見たかったのだった。

。。。でも・・いってみたら 4畳半一間のアパートで 
彼が汗だくになりながら 描いていたのは 盆踊りのお知らせだった。

そして 私に手伝わせながら 「イラストレーターとは」を
えんえんと語っていた。

私は始めて使うスプレー絵の具で
肌色を塗ってね という指示に 
「はい」 と言いながら 青で着色して
盆踊りのポスターは いっぺんに お化け屋敷の宣伝になってしまった。

二人目のひとは ひげもじゃのおやじ。

だけど 実際は若かったんだよね。
彼は 一応プロの漫画家であった。

エロ漫画だけど。。
それも有名な…じゃなくて本当に怪しい販売機で売られるような本の
さらに代替用の漫画だった。

彼は新宿の喫茶店で私に
「漫画家になるには」を熱っぽく語った。 

 
三人目は女の人で このエロ漫画家の人と同棲していたが
もともと恋人なのかと思っていたら 例の高尾山のオフ会で
知り合ったんだって……

それを聞いたのは病院でお見舞いの時だ。

彼女は辛いものがとてもとても好きで……
タバスコを1本飲んで入院していたのだ。

。。何かにタバスコを一本かけたのでは ない!!
そのまま ストレートに 飲んだのだそうだ 
(  )ノ_...オエェ...

でも すごく元気そうでエロ漫画家のことを
見舞いにも来ない!! とののしり 
本当なら2本飲めるのだと
私に向かってひどく憤慨していた。

このあと さらに同じ同好会の中から
ちょっと変な人と知り合い
初めてのコークハイに うまいうまいとお代わりを続け
止められても 飲み続け泥酔し
飲ませてくれたその人のベッドに ゲロをぶちまけた。

映画好きの副会長の 映画マラソンにつきあわされ
朝から 最終まで映画を見続けた。
それもロードショーなんてしゃれたものではなくて
なんだか自主映画のような 誰も知らないような
そんなものだ。

たぶん 大学の友達の作った映画とか
そんなんじゃないかと思う。

彼らと会うと なんだかすごく非日常な気分になった。
今の高校生には そうでもないのかな。

あの頃はまだまだ 高校生なんて 世間も狭く
親の監視下に置かれたつまらない世界の住人だった。


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「すみや裏口」の前身
「rudoのあれこれ」より 抜粋。
あー 時は流れ
流れ
流れ
どんどん流れ
おぼれる寸前。

かわりに浮上中の娘っこは
本日 体育祭。
さっき覗いたら 障害物競走にて
米袋に 詰まっていた。


2012年5月23日水曜日

半鐘を鳴らす手(2)

近藤さんの体が痙攣しながら崩れていく。頚動脈を齧り取られては、もう意識はないだろう。今、この場では助けるすべもない。
 近藤さんは死んだ。
 だが、彼が言ったことは正しい。ゾンビの数がどれほどか分からないにしろ、出入り口を押さえられたら、俺たちは助けを待って篭城するのも難しい。それはあまりに絶望的だ。打って出るしかなかった。
 俺は安達を襲った検車員にもう一撃、自転車を振るい下ろしてから言った。
「安達、タイミングを見て俺に続け! ここを出る」
 自転車を槍のように腰だめで構える。目標は出入り口に座り込み、近藤さんの顔を齧っている年配の店員だ。
 開いている扉からは、検車場の広がりが見えた。無人だ。
「全員こっちだ! うおおおおおっ!」
 俺は雄たけびを上げて突っ込んだ。
 自転車の前輪が女店員の上体をとらえ、弾き飛ばす。俺は、その横を通過したあとに振り返り、さらに自転車を横振りして追撃する。
 女店員は転がり、柵状の自転車立てにぶつかった。
 出入り口からは、安達と今井が飛び出してきた。立川さんも続く。
 立川さんは出入り口の上に腕を伸ばしながら、ローラー室の中へ怒鳴った。
「村田、もういい! 防火シャッターをおろす!」
 俺の目の前では、首を振るって店員が立ち上がり、襲いかかってくるところだった。危険を承知の上でこいつを立たせた。立川さんと村田なら上手くやってくれると信じて。
「コイツも中へ!」
 俺はそう言いながら自転車で横殴りし、店員を出入り口のほうへ突き飛ばした。
 ちょうど出てきた村田とゾンビ店員が、出入り口で鉢合わせする。
 村田は一瞬ぎょっとしたものの、すぐに反応した。発達した太ももから前蹴りを繰り出し、店員もローラー室の中へ追いやる。
 立川さんが防火シャッターを下ろす。安達と今井が、近藤さんの遺体をこちら側へ引き出そうとしたが、それより早く中へ引き込まれてしまった。シャッターは冷厳に閉じられ、留め金をかけられた。
 俺たちは息もつかずに、周囲に視線を巡らせる。
 検車場は、直径一メートル以上の円柱数本によって支えられている、白い壁の広い空間だ。広場のあちこちには水色に塗られた自転車立てがあり、壁際に設置された棚には空気入れなどの工具が備えられている。
 さらに天井から吊るされている自転車も、まだ十台以上あった。
 今のところ、人影はない。
 俺たちは、やっと一息つくことができた。
 閉じたばかりのシャッターの向こうも静かだった。
 今井が眉根を寄せ、床の血溜まりを見つめながら呟く。
「近藤さん……今頃、奴らは……」
 確かに、そういうことだろう。奴らは近藤さんを晩餐にすることで夢中に違いない。
 しかし、俺たちがローラー室に篭っていたのは三十分がいいところだ。そのあいだに何が起こったのか?
 村田があごひげを擦りながら、俺と同じ疑問を口にした。
「まるで夢を見ているようだ。何が起きたんだ、この短時間に……」
「何が起きたかはともかく、まだ油断するのは早い。問題は、向こうだ」
 立川さんが言いながら親指で指し示す。
 血溜まりがあった。
検車場はその一角から通路上になって伸びている。扉などには区切られていない。短い上りのスロープと平坦な通路、二つの道がある。
スロープを上がると出走前控え室で、その先には白い敢闘門がある。出走前控え室の横で最終的な検車が行われるため、便宜上そこまでを検車場と呼んでいる。
平坦な通路の方は、ドームの他の区画へと続き、途中に管理室への出入り口がある。管理室とは控え室の別称で、俺たちは床に毛布などを敷き、レース当日においては一番多くの時間をそこで過ごす。
 立川さんは苦々しげに続けた。
「あそこで黒丸はやられていた。敢闘門か管理室か、あいつがどっちに向かおうとしたのか分からない。分かれ道の手前で倒れ、食われていたんだ。三人の競輪選手にな! そこへスロープの上からあの検車員たちが現れ、もっと新鮮な獲物を見つけて追ってきたというわけだ」
 安達がおずおずと尋ねる。
「黒丸の……その、遺体はどこに……?」
 立川さんはかぶりを振った。
「分からんな。だがこれだけは確実だ。向こうには……いる!」
 敢闘門近くにはレースを控えた十四人の選手に加え、運営員、関係者、テレビクルー。管理室にはレース三つ分の選手、二十一人はいたはずだ。なのに、俺たちへ異常を知らせに来る者は一人としていなかった。
 事態は静かに始まり、速やかに人々を圧倒したのだ。俺たちは運が良かったのかもしれない。まだ生き残っているのだから。
 俺は壁ぎわの工具棚に向かいながら言った。
「もう俺たちはゾンビと壁一枚さえ隔てていない。何人いるか知らないが、奴らを突破しなくちゃならないんだ。得物を探そう」
 そして、四十センチほどのレンチを片手に取った。ここにある工具の中では一番長さがあるものだった。
 安達が、誰のものか分からない自転車を自転車立てから外して言う。
「俺はやっぱりピストにするぜ」
 それも手だ。取り回しは悪いが、最も重要な長さがある。
 村田は前輪と後輪の外された、自転車のフレームだけになったものを見つけて言う。
「俺はこれにするわ」
 今井はため息混じりに自転車立てから自転車を外した。
 立川さんが俺と同じレンチを手に取った。
「俺と知己島はトドメを刺す係だ。そんな余裕があれば、だが」
 村田がフレームの持ち方をあれこれ試しながら言う。
「どこへ向かうんだ? 観客がゼロとはいえ、ドームの中にはまだ数百人いるはずだ。生き残りにこのことを知らせてやろう」
 俺は静かに言った。
「よそう、村田。これがどこから始まったのか俺たちには分かってない。俺たちがそうされたように、俺たちも自分の生き残りを最優先するんだ。ドームを脱出する」
 今井が訊いてくる。
「どこから出るんですか?」
 ここからだと近い道は二つ。管理室から地下通路を通り宿舎へ出るか、敢闘門からバンクに出るか。バンクに出ればアリーナの搬入口を抜けてもいいし、観客席からメインエントランスへ出ることもできる。他の関係者出入り口へは、遠いうえに入り組んだ通路を行かなければならない。
 俺は提案してみた。
「バンクに出よう。脱出口の選択肢が増える。観客はいないし、広い。足で逃げ切れる」
 だが、賛否を聞く時間はなかった。
 安達がうわずった声で小さく叫ぶ。
「く、黒丸……?!」
 みなが安達の視線を追った。
 ちょうど通路状の部分が始まるところ、床の色が緑から青に変わる場所に、黄色いシャツの黒丸がいた。
 黒丸は両腕と両足を失い、短くなった四肢で這っていた。
 片目を失った顔をのけぞらせて、唸り声を上げる。
「ヴぉおおおおおッ!」
 その途端、ローラー室を隔てている防火シャッターも、内側からガシャガシャと打ち鳴らされた。
 やつらがどれほど連携をしてくるのか分からない。けれども、俺たちに猶予がなくなったのは確かだった。
「バンクに出るぞ! 全員、敢闘門へ!」
 立川さんの号令と共に、俺たちはそれぞれの得物を持って走り出した。
「黒丸ッ!」
 這い寄る黒丸を安達が自転車で張り飛ばし、俺たちはスロープの上り口に達した。
 スロープを上がった先の広場には赤い円柱が並び、自転車立てとベンチが設置されている。その左側の奥がバンクへの扉、敢闘門だ。 右側は、柵と段差で隔てられている平坦な通路が続き、管理室がある。
敢闘門近くまでと、管理室の出入り口までが見渡せた。
 敢闘門までのあいだに十体、段差の下の通路には十体以上いる。
 ヘッドセットを付けた運営員に、スーツを着た関係者、それに色とりどりのシャツを着た競輪選手。誰もが致命傷を負い、血だらけで腐りかけていた。
 競輪選手は、出走予定者の数に比べるとずっと少ない。だが、顔見知りばかりだった。
 山田、森、平瀬、秋田、山口、高田、糸久……みんな腐っちまいやがって!
「うおおおおおおッ!」
 俺たちは雄たけびを上げ、全員一丸となって突進した。
 スロープを登りきった場所に一体立っていた。
 そのゾンビを、村田が自転車のフレームでなぎ払う。ゾンビはもんどり打って、下の通路に転げ落ちた。
「ヴォオオオオオッ!」
「ヴォオオオオオッ!」
 敢闘門周辺にいたゾンビたちが俺たちに気付き、よたよたと走り寄ってくる。
 俺は叫んだ。
「怯むな! バンクに出ればこっちの勝ちだ、ゾンビを下の通路に叩き落とせ!」
 安達と村田が自転車とフレームを振り回す。ゾンビの腐った肌をこそぎ落としながら、下の通路に落とそうと苦闘する。
 俺と立川さんはレンチを振るい、下の通路から柵を越えて上ってくるゾンビを叩き落とそうとしていた。
 腐敗臭のなか、じりじりと進んでいるものの、腐肉の包囲は厚かった。
 村田が大声で言った。
「寄せ付けないのがやっとだ! このままじゃ……」
 安達も喘ぎながら叫ぶ。
「コイツら足腰がしっかりしてて上手くいかない!」
 くそ、人手が足りない。
 ……そういえば、今井はどこだ?
 俺が今井の身を案じはじめ時、背後からリズミカルにペダルを回す音が聞こえた。
 自転車が猛烈なスピードで、俺たちから離れた場所を通り過ぎていく。
 今井だった。
 今井め、最初から後ろにいたのか! 俺たちを囮にするつもりで!
 ゾンビに包囲された俺たちなど意に介さず、今井の自転車はまっすぐ敢闘門へ向かっていった。

2012年5月15日火曜日

さあ、選んでくれたまえ。[ロゴ編]

<2012.05.15>
嬉しいことに、今回また素敵なロゴデザインがこんなにも集まりまして、デザインを送ってくださった皆様、宣伝・応援してくれた皆様にはいくら感謝してもしたりません。ありがとうございます! ありがとうございます!

この中から、どれか一つに決めなければならない――というのが辛いところですが、投票を始めさせていただきたいと思います。
(選ばれなかったデザインも、いつかどこかで使わせてもらえないかなあ……とかとか考え出してしまう、悪い癖がー。)

【投票方法】
このページの上部にある投票枠で、どれか一つを選んで、ポチッと。

【投票期間】
5/22――くらいまで。
詳細な投票終了時間は、投票枠の表示をご確認ください。

【ロゴ表示方針】(5/19追記)
あやまり堂さんご提案のロゴのランダム表示、トップページでならできそうです!
ご提案いただいたロゴデザインは、全採用とさせてください。
(ご提案くださった皆様、ありがとうございます! ありがとうございます!)

開催中のロゴ投票は、作品ページなどに小さめに表示するロゴを選ぶためのもの、と考えていただけたらと思いますー。
(それももしかすると、模様替えなどであれこれ使用させていただく可能性も……?)

【デザイン一覧】
・山田佳江さん案
・蟹川森子さん案
・リバモリウムさん案1
・リバモリウムさん案2
・茶屋休石さん案
・U.C.O.案
・takadanobuyukiさん案

――さあ、選びかねるだろうが、どうにか選んでくれたまえ。さあ、さあ!



<2012.05.23>
ご提案者・ご投票くださった皆様、誠にありがとうございましたーーー。
投票開設後にロゴのランダム表示のご提案をいただきまして、それは面白い、やってみましょうか……となってからは、投票の方の緊張感が少し薄れてしまったような気もいたしますが、何はともあれ、このような結果となりました。

山田佳江さん案      1票
蟹川森子さん案      0票
リバモリウムさん案1   1票
リバモリウムさん案2   2票
茶屋休石さん案      3票
U.C.O.案         1票
takadanobuyukiさん案   3票
総投票数:11

最多得票デザインが複数となってしまいましたが、今回はとりあえず決選投票は行わない予定です。
ご提案者の皆様には、具体的な表示形式など決まりましたらまたご連絡させていただきますのでよろしくお願いいたしますー。

2012年5月12日土曜日

無計画リレー小説 第九話


【登場人物】
 古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
 美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
 古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
 古屋一雄‥‥勇太の父。
 ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
 唯一髪‥‥モヒカン。
 美園軍司‥‥さおりの父。両刀使い。




 James・J・ James
 ジェイムズ・ジェイ・ジェイムズ
 じぇいむずじぇいじぇいむず
 ジェイムズはジェイムズであってそれ以外の何者でもなくジェイムズである。
 ジェイムズのものはジェイムズへ。
 イサクの息子にしてイスラエルの民の祖、ヤコブの名に由来するこの姓名、様々な変遷をたどり多くの国の言葉に兄弟を持っている。
 英語ではジェイムズ、あるいはジェイコブ。親しければジミーにジム。
 姓と名前、両方に適用できる名詞ということでやはりというか、案の定というか、ジェイムズ・ジェイムズというハープ奏者が現実にいたりもする。
 そしてまたややこしいことにジェイムズ・J・ジェイムズという作家がいる。
 Jと記載されているミドルネームが何ぞやというのが大いに気になるところではある。
 やはりここはジェイムズであろうか。あるいは全く関係なくジョシュ、ジェイソン、ジャックにジョンなどといった全く期待はずれなものかもしれない。
 何の意味もなくジェイというのもありえなくはない。
 もしかしたらJudahなんてことも……?ユダ……猶太……勇太?
 いや、まさまさか、そんなわけ……。

 閑話休題

「まだ、その時ではなかろうて」
 一雄の鳩尾を強打した拳の主は、金髪碧眼の男。右腕だけが奇妙に肥大化し、鉱物を思わせる鉛色の光沢を持っている。
 ジェイムズ・J・ジェイムズである。
「ぐ、とうとうこの階層まで登ってきたか」
「たやすいこと、これだけ物語が無計画に拡大して行けば、もはやメタ階層とて安全ではないのだよ」
 動揺の色を顕にする一雄に対して、繁は落ち着き払った調子でジェイムズを見据えている。
「無理はするものではないぞ、ジェイムズ」
「無理?何のことかな?」
「では、問う。貴様の真の名は?」
「馬鹿な。我が名はジェイムズ。ジェイムズ・J・ジェイムズである!」
「はずれだ」
 金色の髪が次第に色を失い、碧色の目に濁りが生じる。はっきりとしていたはずのジェイムズの存在感は次第に薄れ始め、ぼんやりと、とらえどころのないものとなる。
「貴様ぁ何をしたぁ!?」
「たとえ偉大な作家であろうとも、己自身の物語を諦めた貴様等に我が孫が負けるはずがないのだ!往ね!ここは貴様の来るべき場所ではない!!」
 遠くまで響くような断末魔。
 とても遠くへ響いていく。
 とても、とても、遠い場所。
 例えば、火星とか。

「ジェイムズの反応が消えたよ、ジェイムズ」
「やはりまだ早すぎたのかな、ジェイムズ」
「ジェイムズの代わりはいくらでもいるよ、ジェイムズ」
「そうだな、ジェイムズ」
 火星の丘の上、5人のジェイムズが天を仰ぎながら、感情のこもらない言葉を交わしている。
「目標の様子はどうだ、ジェイムズ」
 男型のジェイムズが問う。
「やっと目を覚ました様子だよ、ジェイムズ」
 女型のジェイムズが答える。
「ではまずは小手調べといこう、ジェイムズ。量産型ジェイムズを目標を中心とし円周上に展開。対角線上の味方に注意しつつ、包囲、そして潰せ」
 男か女かわからないジェイムズが指示を出す。
 それをもはや人間の形ですらないジェイムズが原稿用紙に書き連ねていくのだ。
「軍神の星で戦争なんてなかなか粋な展開じゃないかね?ジェイムズ」

 目を覚ませば何時もと変わらぬ火星があって、いつもと変わらぬ光景が、広がっていなかった。
 白色の鎧に身を包んだ何者かが、勇太たちの様子を窺っている。手には銃をもち、鎧の方には「J」の文字が刻まれている。
 その兵士たちが全方位に一定間隔で並んでいる。
「味方?」
「そんなわけないでしょ」
 兵士たちはじりじりと距離を詰め始め、勇太達を射程距離に捉えつつある。
「さおり、大根は!?」
「この前全部おろしちゃったわよ!」
 慌てふためく二人を他所に、ジェイムズたちの進軍は止まらない。
「考えて!」
「え?何を!?」
「思い描くの!思いつく限りの強い武器を!強い兵器を!そして宣言するの「いでよ!」って」
 さおりの意図はわからなかったものの問い返すことはやめた。
 いつだってさおりは間違っちゃいない。
 間違っているのは何時も……。
 邪魔な考えを振り払い、今は思考に集中する。
 武器、兵器、強いやつ。
 ジェイムズたちは立ち止まり銃を構える。狙いを定め、引き金に指をかける。
「いでよ!」
 その時、突然閃光が走り、一陣の雷が勇太とさおりの目の前に落ちる。
 小さなクレーターの中心に男の影があった。
 長身にして、筋骨隆々、頭にはねじり鉢巻、腰には褌、それ以外の衣は身につけぬ。
 褌には威勢のよい「美園屋」の文字。褌ひるがえし、振り返った男の顔には見覚えがある。というか、そんなレベルじゃない。
「お父さん!?」
「おじさん!?」
 火星に現れた男は、美園さおりの父、美園軍司である。
「おぉ!さおり!それに勇坊じゃねぇか!うほっ、しばらく見ねぇ間にいい男になったじゃねぇか!」
 勇太は心強さを覚えるとともに、背中にうすら寒いものを感じた。



(つづけ)


半鐘を鳴らす手(1)

四月十四日、午後九時。
 福岡県北九州市小倉北区、北九州メディアドーム。
 その時、俺たち七人は全員、ドーム二階にあるローラー室でウォーミングアップを行っていた。
 ローラーはルームランナーの自転車版だ。鋼鉄のローラーの上に自転車を置き、筋肉の具合を確かめながらペダルを漕ぐ。
 俺たちが出走するのは十一時十七分。
 今日の最終戦であり、今回のミッドナイト競輪の決勝だった。
 全員がA級一班に所属し、昨日の夜中に行われた予選で一位を取っている。
 下は二十六歳の安達から、最年長は四十二歳の立川さんまで、誰一人とっても侮れない。
 だが、俺ももう二十九歳。今がピークだと感じる。S級入りを目指すならば、今日も勝つしかなかった。
 そろそろウォーミングアップも十分だ。
 そう思ったとき、同期の村田が俺の横に立ち、首をひねった。
「なんだ? どよめきが聞こえないか、知己島……」
「どよめき?」
 俺は脚の回転をゆるめ、ゆっくりと車輪を止めた。バーをつかんで身体を支え、耳を澄ます。他の選手がローラーをまわす音しか聞こえなかった。
 ペダルから足首を外しながら村田に言う。
「特にどうっていうことはないな。どんな感じだった?」
「どんな感じって……、このメディアドームでどよめきって言ったら、観客の歓声しかないだろ?」
「空耳だ」
 俺は断定した。
 観客の歓声などあるわけがない。
 普通のナイター競輪とミッドナイト競輪の違いは、ただ時間帯だけじゃない。
 経費削減のため、ミッドナイト競輪では一人の観客も入場させないのだ。投票券は電話とネット回線を通じてのみ発券され、レースの模様は放映によってだけ観戦できる。
 観客のいない閑静としたドームのなか、俺たちは真夜中のしじまを貫いて戦う。
 今もバンクではレースが行われているが、どよめきなど起こるはずはなかった。
 俺は言った。
「レースに対する集中力が高まってるんだな。武者震いみたいなもんさ」
「そんなもんかねぇ……」
 村田の呟きの半分は聞こえなかった。
 ローラー室の中央あたりから、ガシャンと大きな金属音が響いて、彼の声を掻き消したのだった。
 見ればローラーの立ち並ぶあいだの床に、金属製の格子が落ちていた。
 天井の換気口から外れたらしいが……。
 日焼けした肌の立川さんが、ドリンクを片手に様子を見に行く。
「こんなもの、自然に落ちるわけないだろう、おかしいな……」
 立川さんは格子をつま先でつついた。それから換気口の真下に立って、上を見上げる。
 そこへ、人間の上半身が落ちてきた。
 腰から下はなく、脊椎と大腸の切れ端が揺れている。その血まみれの上半身は、信じ難いことに生きていた。
「ヴぁあああああぁーッ!」
 半身は立川さんにしがみつき、獣のような唸り声をあげて盛り上がった肩に齧りつく。
 俺は驚いて自転車に足をひっかけてしまって、尻餅をつくことになった。
「なんだ、コノヤロー!」
 立川さんは怒声を張り、半身を引き剥がそうともがく。
 村田と今井が駆け寄って、もみ合うようになったかと思うと、生ける上半身を床の上へ放りだすことに成功した。
 その生皮を剥がされたような赤黒い頭部に、一番若手の安達が自転車を振り下ろす。
「コノヤロー! コノヤロー!」
 安達は叫びながら、何度も自転車を打ちつけた。俺たち競輪選手は上半身の筋力だって相当なものだ。安達の自転車はあっという間に車輪が歪み、使い物にならなくなる。
 生ける半身の頭が割れ、その動きとうめきが止まった。紫色に変色した脳漿がはみ出している。
 安達はフレームの変形した自転車を投げ捨て、放心したように立ち尽くした。
 俺も立ち上がり、恐る恐る近づいていく。
 このローラー室にいた七人全員で、死体を取り囲み、見下ろす。鼻腔にまとわりつくような腐敗臭が、辺りを満たしていた。
 荒い息をつきながら、立川さんが言う。
「怪我はないか、みんな?」
 村田と今井が無事と答え、俺たちの目は立川さんに向けられた。
 立川さんの体は黒い血糊でべったり濡れていたが、彼は気丈に言った。
「俺もプロテクターが無かったらまずかったな……怪我はない」
 ここにいる七人のうち、俺も含めた半数は、レースのためにプロテクターを身に着ける。シャツの下にはポリカーボネートの鎧があったのだ。人間の噛み付きくらい防げる。だが、眼下に横たわるこの存在はなんなのか?
 割れた頭から脳髄を溢れさせる、ボロ雑巾のように傷んだ人間の上半身。顔は腐敗と損傷が激しくて、年齢がわからない。汚れたワイシャツとネクタイを着けていることから、換気口に入って作業をするような者だとも思えなかった。
 立川さんに次ぐ年長者、三十三歳の近藤さんが呟く。
「コイツは何なんだ……?」
 俺は口をつぐんで一つの単語を飲み込んだ。
 ゾンビ……。
 それ以外に何がある?
俺の右に立っていた安達が、頭に手を当てて嘆息する。
「お、俺、やっぱり人を殺しちまったのか……いや、でも……」
 俺は安達の肩をつかんで言った。
「しっかりしろ、安達! こんな状態で生きてる人間がいるか! こいつは……」
 俺は断固として続けた。
「こいつはゾンビだ!」
「よせよ、知己島」
 近藤さんが呆れ顔で言うのに、今井も続いた。
「ゾンビなんて理屈が通りませんよ、知己島さん……」
 俺は二十七歳の今井に言い返す。
「理屈っていったか、今井。身体を真っ二つにされたうえで、こんなに腐り果てた人間が換気ダクトの中を動き回ってる理屈があるのか? こいつは昨日今日に死んだ奴でさえない」
 立川さんと村田は、思案顔で黙っている。
 安達と同期、同い年の黒丸が言った。
「どっちにしろ誰か呼んでこないと。死体があるんだから、警察にも連絡しなきゃ」
 黒丸は踵を返して走っていく。
このローラー室を出れば、車両を整備する検車場だ。検車場は広く、敢闘門までつながっている。敢闘門、つまりバンクへの出入り口まで行けば、確実に連絡が取れる。
 俺たち競輪選手はレースの前日から、このドームに隣接された宿舎に入らなければならない。携帯電話などの通信機器を持ち込むのは禁じられ、外部との連絡は手間がかかる。
 もっとも、こんな状況に陥ることは前代未聞だろうが。
 警察と聞いて青ざめた安達を励ます。
「安心しろ安達。お前は全員のためにやったんだ。今度は俺たちが守ってやる」
 ゾンビには懐疑的な近藤さんも続く。
「そうだな。それは確かだ……」
 その時、遠く低い悲鳴が聞こえた。
「黒丸!」
 口々に叫んで駆け出そうとする俺たちを、立川さんが押しとどめて言う。
「待て! 俺が様子を見てくる。みんなで危険を冒すな!」
 足音を立てないような小走りで、立川さんが両開きの扉を抜けて行った。俺たちも扉の近くに待機する。固唾を飲んで待つこと数秒。足音も高く、立川さんが扉から飛び込んできた。
「黒丸は手遅れだ! 来るぞ、動きが早い!」
 俺たちは浮き足立った。
「武器になるものはないか!」
 誰かの叫びに安達が応える。
「ピストしかねぇ!」
 安達はひしゃげた自分の自転車の代わりに、黒丸の自転車を持ち上げた。
 俺たちはそれぞれ自分の自転車を持ち上げ、大鎌のように構えて待ち受けた。
 何が来るのか直感では理解しても、理性がやはり途惑わせる。
 自分たちの滑稽さに力が抜けかけた時、扉を弾くようにしてそれが現れた。二体のゾンビが。
 片方は首がちぎれかけてぶらぶらしている。もう一体は腹がぱっくりと口を開け、内臓が無くなっていた。手には大きなスパナを持っている。
どちらも白いシャツに水色のズボンを身に着けているし、顔に見覚えがあった。検車員だ。さっきまで生きて仕事をしていた人間が、傷だらけですでに腐りかけている。
 言葉をかけたくなった逡巡を突かれた。
「ヴォオオオオオオオォッ!」
 ゾンビが唸りをあげ、一番前に出ていた安達に向かってスパナを投げつけた。
 意外な行動に面食らった安達が、ゾンビの突進を受けて押し倒された。
 だが、安達は腕を突っ張ってゾンビの上体を押し上げる。
 俺はそこをめがけて、なぎ払うように自転車を振るった。
 ゾンビは安達から離れ、ローラー台の上に倒れこむ。
 俺はさらに自転車を振るい下ろしたが、ローラー台の横にあるバーが邪魔な上に、腹筋のこそげ落ちたゾンビが起き上がろうとする動きは、まったく予測しにくかった。
 とても頭を潰すほどの打撃は与えられない。
 もう一体は立川さんと村田、今井が相手にしているが、そっちもうまくいってなかった。
 なんとか自転車をふるって千切れかけた首を落とそうとしているようだが、四肢のそろった相手にふらふら揺れる自転車の前輪では分が悪い。
 抜け目なく出入り口の扉に立っていた近藤さんが叫ぶ。
「ローラーを出るんだ! ここは袋で逃げ場がない!」
 直後、近藤さんの背後から、皮膚のめくれた灰色の腕が巻きつけられた。その腕の持ち主が近藤さんの首筋に喰らいつく。
 検車場に併設されている売店の女店員だった。

くらげ子後ろ姿

くらげ子後ろ姿

2012年5月2日水曜日

無計画リレー小説 第八話


【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。
唯一髪‥‥モヒカン。


「勇太……!勇太……!気がついているかっ!? はあはあ……。」
連呼される自分の名前。その声の息づかいからは、何かとてつもないものと戦っているような情景が伺える。目を覚まさなければならない、そう確信をするけれども自分の瞼は閉じたままだった。

・・・

「ジェイムスよ!勇太を火星に展開したな!……勇太は……わが子は、一ヶ月間も彷徨っていたんだぞ!」
微かに聞こえる一雄の声。その声は恐怖か哀しみか定かではないが、震えているようだった。
「一雄、お前の葛藤もわかる。だが、ここは耐えるのじゃ」
じいちゃんの声も聞こえてくる。ふたりは自分の前に立ちふさがり、守ってくれているかのようだった。

「いでよ、唯一髪!姿を表わしたまえ!」
一雄は呪文のように叫び、念ずると両手を天へと掲げる。

「一雄!ならぬぞ。ふれてはならぬ。唯一髪、所謂このセカイをつくりし者へは……」
「しかし、親父!平穏な日常に執筆を催促するということは、過剰なストレスを生み出す!実際、勇太は一ヶ月も悩まされ続けた!」
「それは違うぞ、一雄。あのお方は救うてくれてるのじゃ。新たな優しきストレスのようなものは、日常を変えることのできる贈与性に等しいのじゃ」
「……し、しかし親父!参加ルールは書き手の意思に委ねるもの!しかも、今回はハングで名指しされっ……」
その時ふたりの会話を遮る巨大な拳が、一雄の鳩尾に食い込んだ。

「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

(つづく)

その 向こう。



待ち合わせた時から ずっと 優菜は機嫌が悪かった。
「何だよ、折角久しぶりに会えたのに」

就職してからは遠距離になった。このGWに会えるのを楽しみにしてたのに 何だか酷い。
ずっと夢だった小学校の先生になれたっていうのに
電話でもメールでも このごろ愚痴ばかり聞かされる。
最近は 何をどう返事したらいいのかも解らない。
いい加減な返事をすると怒るし こうだと思うことを言ったら
あなたは今のこどもたちについて何にも解ってない、と責められる。
黙って聞いていたら 何か言ってほしいと 泣かれてしまう。
疲れてるのは解る。
会ってぎゅっと抱きしめたらきっと・・・なんて想像も 今思うと馬鹿みたいだ。

「いじめられてる子がいるの」

靴に泥を入れられたり 物を隠されたり 鉛筆折られたり。
─ああ、そういうの 昔っからあるよな。
ついそんな返事をしたら あきらかに優菜の目つきが怖くなった。
「相談されてるの?」
「いじめた側が認めないとか?」
「親が出てきたとか?」

優菜はテーブルのナプキンを細かく細かくたたみながら
長い間 返事もしない。
「全然 違う」
ぽそりと言う。抑揚のない声。

「じゃあ 何?」

「本人よ、そのいじめられてる子が…」

何とも思わない、別に気にしない。
しいて言えば 今度入学する妹に知られたら嫌だ とか。

別に死んでもいいとか言うの。表情変えないで。



聞いてないよ、聞くわけないじゃない。
死にたいと思う?なんて。
私 これでも ちゃんと先生やってるよ。
子供の心傷つけないよう 言葉選んで。 みんなどの子も平等に大事にして。

死にたいと思う?なんて 聞くわけないじゃない。
誰がそんなこと聞くのよ、誰がそんな風に・・・・。

優菜が勢いづいて喋りつづける。手が細かく震えている。
顔から血の気が引いて怖いほど青ざめている。

その子が言ったの。急に私の目を見て。それまでどこ見てるか解らない目をしてたのに。
『死にたいと思うか…って?』
そして それに返事をした。自分で。

誰が聞いたの?そんな恐ろしいことば。



その子の空耳なの?その子の中の誰かなの?
ねぇ 誰がそんなこと・・・・。

あたしなの?あたしの中の誰かなの?
こどもの頃の あたしなの?

熱に浮かされてうわごとでも言っているかのような優菜の様子に
テーブルひとつ挟んだだけのはずの 僕と優菜の距離が 
どんどん遠くなる。


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お久しぶりです。
初投稿で空気読んでないのではないか ドキドキのすずはらです。

お気づきのように 住谷さんの前出の「あなたのとなりの物語3話目」から
派生した物語(?)です。
住谷さんの投げるのは直球のように見える実はもの凄い球で
それを拾って あさっての方向に投げさせてもらいました。
こんな風にして最初に書いたのは2005年のことなので もう7年も前になります。
歳とるわけだ。

書くことをOKしてくれた住谷さん、ここに参加させてくれた皆さんに感謝です。








2012年5月1日火曜日

無計画リレー小説 第七話

【登場人物】
古屋勇太‥‥十九歳。小説家志望のフリーター。祖父の営む古書店でアルバイト中。
美園さおり‥‥十七歳。高校生。勇太の幼馴染で、美園屋青果店の一人娘。
古屋繁‥‥勇太の祖父。古書店を営んでいる。
古屋一雄‥‥勇太の父。
ジェイムズ・J・ジェイムズ‥‥伝説の作家。


 気がつくとそこは火星だった。
 見渡す限り荒涼とした大地が続いている。岩と砂で埋め尽くされた赤茶けた大地。その風景は、子どもの頃読んだ学習雑誌に載っていた火星のイラストと良く似ていた。
「知ってる。この光景……」
 勇太は、呟いてから気がついた。いつの間に火星に来たんだ?さっきまで塩焼きさんまにつかまっていたはずなのに。
 いやまて。
 火星だけじゃない。さおりはどこからあらわれた? じいちゃんは、どこからあらわれた?赤剥けの怪物も、ジェイムズ・J・ジェイムズも、唐突にあらわれ、唐突に消えて行った。まるで夢みたいに。
「夢にしては、あちこち痛いけど……」
 打ち身や擦り傷、それに所々火傷をしているようだ。応急手当くらいはしたいところだが勇太は手ぶらだった。
「救急箱でもあればな」
「はい、救急箱」
 見るとさおりがリュックから救急箱を取り出していた。
「いろいろ……持っているんだなあ」
「そうね」
 さおりはもの言いたげにしている。
「何だか、わけがわかんないよな、ここ」
 救急箱の中にはいまどきめずらしく赤チンが入っていた。正しい手当方法などわからないので、とりあえず赤チンをべたべたと塗る。
「イチチ……なんだって、赤チンと包帯しか入ってないんだろ」
「勇太、昔っからケガとかしてもほったらかしだったもんね。消毒とかちゃんとしたことないでしょう?」
「そんなことないよ、小学校の時には保健室の常連だったんだぜ」
「変な自慢」
「消毒されるのが一番苦手だったな、ひどく沁みてさ……ほら、なんだっけ?エタノールだったか」
「エタノールなら、ホラ入っているでしょ?」
 さおりが救急箱の隅を指差す。
「あ、ああホントだ。それにピンセットにコットン。思い出すなあ、こいつで傷口を消毒してもらったんだ」
 よくわからないなりに応急手当を済ませると、少しホッとした。
「見慣れたものが多いと落ち着くわね」
「そうだなあ。ははっ、火星の風景は見慣れちゃいないけど」
 手近な岩に腰掛ける。
 空を見上げると真っ黒な空が広がっていた。
「大気が薄いから、昼でも空は黒いんだ」
「大気が薄いのにどうして私たちは普通に息をしているのかしら」
 さおりの疑問はもっともだと勇太は思った。
「ふうむ」
 どうしてだろう。例えば……ここは本当の火星じゃなくて撮影用のセットであるとか。それにしては壮大すぎる。遠くに見えるあの山々はとても書き割りには見えない。何か特殊な設備で大気が維持されている?どんな設備だよ、そんな都合のいい話があるか。テキオー灯のような便利な道具があれば……そんな道具を使った覚えはない。上手い説明が思い浮かばないな、もしやあれか……と勇太が考えを巡らせていると。
「夢、とか」
「夢かもって僕も考えたけど。あちこち痛いしさ、夢とはちょっと思えなかったんだ」
「でも、まるで夢みたいだと思わない?行き当たりばったりで無計画で、怖かったり普段出来ない事をやっちゃったり」
「うん、確かにそうだね」
「夢じゃないとしても、夢みたいな、何か。無計画で無秩序な何か」
 何なんだろうね、とさおりは微笑んだ。
 何なんだろうなあと、勇太も呟く。
「なんだかわからないけど、ともあれ、このままずっとここに居るって訳には行かないよなあ」
「でも、どちらに向っても砂漠が続くばかりだよ?ここなら、岩陰があって過ごしやすいけど、移動した先がどうなっているかはわからない……ふふふ、わからない事だらけね」
「しょうがないだろ、この世界自体が『無計画な夢みたいな何か』なのかもしれないんだから」
 ひらめいた。
「夢みたいな何かの中で、夢を見たらどうなるんだろう」
「あ、それおもしろそう。どうなるだろうね?ちょっと待って、ちょうど寝袋がここに……」
 さおりは鞄から寝袋をふたつ取り出した。なんて都合のいい鞄だろう。寝袋でもあればなとは思ったけどまさか本当にあるとは。「夢みたいな何か」の世界だからだろうか。
「ちょうどほら、空も満天の星空。夜空みたいなものだよね」
 何となくやるべき事が見えた気がして、ふたりでてきぱきと寝袋を広げてもぐり込んだ。さおりと二人で眠るなんて、いつ以来だろう。ちらりと横目でさおりを見ると、目が合った。あわてて顔を空の方にそらして、星を眺める。
 今は夜なんだ、と自分に言い聞かせてみても、簡単には眠気はやってこなかった。落ち着かずにもそもそとしていると、さおりが話しかけてきた。
「勇太、小説もう書かないの?」
「辞めた」
「そう……」
 ひとしきり沈黙が続く。少しずつ眠気がわいてきた頃、さおりがまた呟いた。
「勇太はもう書かないって言ったけど。
 私は勇太のかくおはなし、大好きなんだ。だって勇太の書くおはなしはいつだって幸せに終わる話だもの」
 そんなの、だってあれは、たいした話じゃない、あんなのは。
「おとぎばなしだろ、めでたしめでたしで終わるのが当たり前なんだよ。つまらない」
 そんな話しか。そんな程度の。
「予定調和の話になんの魅力があるってんだ」
「そう……?」
「どこにでもあるありふれたおはなしをいくら書いたって、どこにも残らない。あっという間に忘れられておしまいだ」
 自分よりも長く生きる物語が書きたかった。自分が死んだあとも、読み継がれ、語り継がれるような。そう思って試行錯誤を繰り返して、でも、それは自分の期待するような物語にはならなかった。
「才能がないんだ。目指してもしかたがない」
「そう……それが勇太がゴールを消しちゃった理由なんだね。目的が見えなくなったから計画を無にしちゃったんだ」
 書かない言い訳をしているような気分になり、勇太はすこし恥ずかしく思った。言い訳をするつもりじゃなかった。
「わたしね」
 眠気に負けてきたのだろうか、だんだんさおりの声が遠くなってきたような気がする。
「物語を書くのって、無計画の中に計画を入れて行くようなものだと思うの」
 その声にはどことなくエコーがかかっている気がする。
「行く先のない旅に、ゴールを設定するようなものだと思うの」
 さおりはこんな声だったろうか。もやもやと思考がかすんでくる。
「勇太がこの自分の物語を書こうとしない限り、この世界は無計画ままだと思うの」
 最後のさおりの呟きは、もう勇太には聞こえなかった。
 眠りの闇の中にすうっと落ちていく落下感が勇太を包んでいた。
(つづく)

2012年4月30日月曜日

北九州市短篇集(仮)について

■いきさつ

元々テキスポで本を作るつもりだったのですが、テキスポがなくなっちゃいました。
北九州市にまつわる小説や詩などを集めた本を作ります。


■媒体

とりあえず、パブーに無料本を作る予定です。
あわよくば、ささやかなコピー本 などを作って、文学フリマに出せたらいいですねえ。


■創刊号

とりあえず、創刊号として北九州市七区の作品を集めます。
あわよくば、二号三号と……。


■参加者(あいうえお順 敬称略)

雨森……戸畑区、 門司区担当
あやまり堂……八幡西区担当  木屋瀬川合戦(1/3) (2/3) (3/3)
シゾワンぷー ……小倉北区担当
山田佳江……若松区、八幡東区担当


■締め切り

6月末くらいでどうでしょうか。


■編集

誰もいなかったら山田がやります。


■タイトル

北九州市短篇集(仮)ですが、短編というには短すぎたりする作品もあったりなので、
作品集のタイトルを募集します。
コメント欄に書いておいてくれると嬉しいです。
たくさん集まったら投票などするかも知れません。




こんな感じでゆるゆる進んでいっております。

宮野蓮の話



 宮野蓮は自分の名前を捨てられない子供のうちの一人だった。
 あの日、町に住む全ての大人が残骸となり、子供だけが残された。それから長い長い時間が過ぎ、親や大人たちの助けを待ち続けていた子供たちは一人一人と諦めていった。その証のように、それまでの名前を捨てて自分で決めた名前を名乗る子供が現れると、それは瞬く間に子供達の間に広まりちょっとした決まりごとのように定着していった。
 そんな中、蓮は頑なに宮野蓮であり続けた。名前を捨てる習慣がルールとなってくると、名前を捨てた子供からは捨てられない子供がただの弱虫にしか映らない。中学では二年生までバスケット部に所属していた蓮は大柄で力も強かったが、親から貰った名前を守り続けているという一点で多くの子供からは侮られた。
 侮蔑に忍び耐えるような気性を持合わせない蓮はそういう子供を片端から痛めつけたが、力自慢の蓮でもさすがに大きな群れを敵に回せば命はない。蓮は四人の小さな群を従えて大きな群れから避けつつ生き続けた。
 アジサイはそんな蓮の群れの中でたった一人の女だった。少し前までは大きな群れのリーダーの女だったらしいが、女同士の争いからか顔に薬をかけられてひどいやけどを負い、それまで可愛がっていたリーダーからも見捨てられ、群れを追われた。蓮は最初アジサイを群れのための慰めとして拾ったが、少しずつその心を失くしたような少女に親近感めいた思いを抱くようになった。
 やけど。蓮は背中の左側に大やけどを負っていた。『あの日』より約一年前、蓮の自宅が放火に遭った時の傷だ。その時に蓮は母親を亡くし、蓮自身も意識不明に陥るまでの重傷を負った。彼がなんとか父親の元に帰れる身体になった時、もう母はこの世に存在しなかった。葬儀も火葬も済み、小さな骨壷に詰められたそれを蓮はどうしても母と思う事ができなかった。蓮から見れば彼の母親はこの世から消え去ったのだ。それは全部の大人が残骸となったこの町で生きる蓮には振り切れない絆だった。母は今もどこかで蓮を見守っている。そういった幻想が、蓮に名前を捨て去る事をためらわせていた。
 同じやけどを負っただけで、事情も生き方もまるで異なるアジサイに不思議な気持ちを湧かせるのは、単なる親近感だけではなくアジサイに消失した母を見ていたのだが、この時の蓮には思いもつかない事だった。
 そしてまた長い時が過ぎ、蓮はおかしな兄弟に出会った。それは騙まし討ちで襲撃をかけられるという形で。
 かつての閑静な住宅街は、蓮の率いる小さな群には格好の狩場だった。金に意味のないこの町ではマンションやアパートは大きな群れにとっては狩る旨みがあまりなく、その割に縄張りの維持に人数を割かなければいけない。そのため住宅街には中小の群れが割拠しており、空白地帯も多かった。蓮たちは彼らの縄張りの隙間を縫うように略奪を繰り返していたが、蓮の頭には逆に襲撃をかけられるという予想がなかった。忍び込んだマンションの一室で物色に励んでいた蓮たちは玄関と和室の二つのドアから挟み撃ちに遭った。息を呑む間に二人が殺されると蓮は金属バットを振り回して抵抗したが、背後から全身を裂くような衝撃を浴びて五体の制御を失い、埃の積もったカーペットに崩れ落ちた。
「なんでやらないんだ」
 リーダーらしき少年が血に濡れた包丁の刃を倒れた蓮のジーンズで拭いながら言った。蓮の身体は主人の言う事を聞かない。
「これ、試してみたかったから」 小柄な少年がスタンガンをリーダーにちらつかせた。蓮は自分の身に起こっている異常の原因を理解した。
蓮はこれから先に起こるだろう事態に心を凍らせたが、リーダーの少年はだらしなく寝転がっている蓮の近く顔を寄せると「俺達の群れに入らないか?」と勧誘してきた。
 チップとタップの兄弟に「アジサイを守ってくれるなら」という条件をつける事で、蓮は兄弟の群れに入ることになった。チップはおそらく蓮よりも年下だが蓮よりも冷静で言動に自信が見られるリーダーだった。いつからか自分が群れの長には向いてない事に気付いていた蓮は屈辱と同時にどこかで安心していた。
「なんでお前は名前を捨てないんだ?」
 何度となくチップは蓮に聞いてきたが蓮は一度も答えなかった。チップは頼れるリーダーだったが母の話などできる相手ではない。蓮が思いを傾けているアジサイは蓮の気持ちとは裏腹にチップの群れに順応しようとしてか更に感情を隠すようになった。
 ある日、チップたちの群れは町はずれにある古い木造の一軒家に忍び込んだ。そこで蓮は唐突にそれと出会った。
「これなんて読むんだ?」
 備後守光貞。そう書かれた看板のような木の板の隣にガラスケースに入れられた日本刀が飾られていた。蓮に顔だけよこして漢字をひと睨みしたチップは「びんごのもりこう……?」と言った後で確信なさげに首を捻った。
 蓮はガラスケースを壊さずにそっと持ち上げた。いつもは粗暴さを表に出して憚らない蓮はその日、どこか神妙な気分になっていた。鞘から抜いた一振りの刀はまるで蓮の心に残る何かをすっぱりと切り捨ててしまうような、ぴんと張り詰めた空気を帯びていた。
「チップ。もっかい読んでくれよ」
 蓮の願いをうるさげに顔をしかめたチップだったが「びんごのもりこうぜん!」と怒るようにもう一度読み上げる。さっき読んだのと少し違う気がしたが蓮は何度か頷くと、「じゃあ俺は今日からビンゴって名前にする」と仲間に宣言した。
「そっか。おめでと」
 チップの弟のタップがよくわからない祝いの言葉を口にして拍手した。
「――ってことは、持ってくのか? その刀」 弟には同調せずにチップが蓮の刀を見て言うと、連は少し嫌な気分になった。
「いいか?」
「俺はこれでいい。欲しいなら持ってけよ」
 チップは腰にぶら下げている包丁を叩いて言った。柳刃包丁という細長い刃物だ。
「よろしく、ビンゴ」
 無愛想にそう告げるとチップは家屋の物色に戻っていった。リーダーから許可が下りた蓮はびんごのもりこうぜんという名前の刀を改めて眺めるとベルトに手挟んだ。
 ずしりと重い刀をそのまま抜き放ってみると、なんだか一回りも強くなったような気がした。



2012年4月22日日曜日

あなたのとなりの物語 3話目

 
 
 上履きをはこうとしたらね
泥がつまってた。
 
中庭の池の底の泥だよ。
汚いよね。
だってあひるとか飼ってるんだ。
あひるのうんちとか おしっこも
混じってるよね。
 
でもさ 入れた奴らは その泥をとるのに
池の中に手を入れるかなんかしたんだよなって
そう思ったらなんかおかしくなっちゃってさ。
 
ふでばこをあけたら鉛筆が全部折れてたなんて
毎日のことだから もう気にならないよ。
鉛筆削りもってたら困らないもん。
 
一番辛いのはなにかって?
なにかなぁ……
別にどれもなんとも思わないなぁ
慣れちゃったからなぁ。
 
あぁ……そうだ。
妹がいるんだけどね。
今度 一年生になるんだ。
来年の春にね。
同じ学校にくるから……
妹にみられるのは辛いかなぁ
  
「死にたくなる?」
ぶしつけな冷たい質問に少年は
驚いたように目を丸くして
でもすぐに またどんよりとした光のない目でいう。
「ならない。
 ならないけど
 もし事故とかで死んでも
 別にいいよ」
と言った。

その唇は 荒れてガサガサで血が滲んでいた。
 
------------------------------------------------
なんでこれ? って…
 
すぐ あちこち 転載する。
 
だって 好きなんだもの。

2012年4月21日土曜日

ロゴ募集。またの名を、サイトの顔募集。

何だかんだ言っている内に、それでもじわりじわりとてきすとぽいにもページが増えてまいりまして、ようやくサイトロゴの募集をさせていただける雰囲気(?)に相成りました。

ロゴ、正しくはロゴタイプ(logotype)というらしいのですが、何に使うかと申しますと、

トップページとか、
各ページの左上隅っことかで、

今までの、ダサいダサい、芸もデザインもへったくれもない「てきすとぽい」の文字を、サイトの目印となるような画像に一気に置き換えさせてくださんせ! ……という魂胆でございます。

【募集内容】
てきすとぽいを印象づけてくれるような、ロゴ画像

1.トップページ用
大きさ … 基本的に自由ですが、そこそこ大きく、目立つもの。
ファイル形式 … Web上で表示できる形式なら、何でも
(最終的にはPNG形式などの画像ファイルに変換します)。
配置について … ページのこの位置に、こんな感じで置きたい、という
イメージ図などありましたら、併せてお送りください。
その他の条件 … なんとなーく、「てきすとぽい」と読めること。

2.個別ページ用
   ※省略可(その場合、トップページ用のものを縮小加工などして使用します)。
大きさ … 見やすくて、そこそこ小さいもの(高さ20~80pixel程度、幅自由)。
ファイル形式 … トップページ用と同様。
その他の条件 … なんとなーく、「てきすとぽい」と読めること。

前回、募集・投票で決定したアイコンデザインをロゴ画像に使用したい場合は、こちらのPDFファイルが便利です。
ダウンロードし、お好みのサイズに拡大・縮小表示させた状態でPrint Screenすると、そのまま画像データになります。(蟹川さん、毎度データのご提供ありがとうございまーす!)
※テキスポたんデザインの方は、引き続き権利者から連絡をいただけないため、緩やかに諦めムードの方へ傾きつつあります……。

【募集期間】
GW明けの 5/9 5/14 まで。
(何だかえらいのんび~りな募集となってしまってますが、公募の締め切りや連休に予定のある方も……どこかで時間を見付けて、ぜひにぜひに。)

【応募方法】
Twitter、メール、ブログ、投稿サイト、何でもどこでも受け付けます。
これはロゴ提案ですよ、とU.C.O.に分かるような形でご連絡ください。
ご提案いただいたものは、徐々に無計画書房に転載させていただく予定です。



・山田佳江さんご提案(4/30)
・蟹川森子さんご提案(5/11)
・リバモリウムさんご提案(5/13)
・リバモリウムさんご提案(5/13)
・茶屋休石さんご提案(5/13)
・U.C.O.提案(5/14)
・takadanobuyukiさんご提案(5/14)

※ご提案いただいた画像は、投票用の記事に移動しました。

2012年4月16日月曜日

チップの話


本当は糸島翔樹という立派な名前がある。しかしチップはずっとチップという名前しか使わなかった。八歳年下の弟であるタップも本名は雄星というが、その名前を自分から名乗った事はない。

自分で自分の名前を決めるという事は、彼らにとって大切な儀式のようなものだ。大人の作った世界と決別し、自分たちの世界を創造するためには、親から貰った名前は捨てなければならない。
『なぜそんな事をするのか?』と聞かれれば、そうでもしないとやってられないからだ、としか答えようがない。とてもとても悲しく辛くて、やってられないから、それまでの名前を捨てて別の生き物として生きていくしかないのだ。
そういった決まりごとをいつ、誰が決めたのか、チップは知らないし興味もない。ただ、そいつはきっと自分たちと同じなのだろうと思うだけだ。
「お前らの名前って犬みたいだな」
チップとタップを馬鹿にする連中もいるが、チップはそういう奴らを例外なくぶちのめしてきた。勢いが過ぎて殺してしまう事もあるし、逆に殺されかけた事もあるが、まだ小さい弟を守るためには侮辱に負ける訳にはいかなかった。タップはそんな強く優しい兄を慕っているのだし、チップもそうあり続けたいを思っているからだ。

ある時チップは群れのリーダーだった。
彼に付き従うのは例外なく他の群れを追われたはぐれ者ばかりだ。体が大きく気は荒いが知恵の回らないビンゴに、無口で無愛想だが物知りで機転の利くカブト。綺麗だった顔を大ヤケドした事で群れから捨てられたアジサイ。そして新しく『向こう』からやってきた長谷部純だ。
長い間のうちに時々、こういう新参者が『向こう』からやってくる。その時、大抵新入りは家族を探す。この純も同様だった。
しかしどこを探したってそんなものはいない。あるのは家らしき残骸と家族らしき者の残骸だけだ。ビンゴがその残骸のひとつを『使って』いる所で純は『向こう』からやってきた。彼はビンゴが犯しているそれが彼の姉である事に気づいてパニックを起こしたが、こういった光景は飽きるほど見てきたチップたちにとって特別哀れみをかける必要性も感じなかった。チップは長谷部純を殴りつけておとなしくさせ、それまで何百回と繰り返した説明をここでもまた繰り返した。

――この町にはもう大人はいない。頼れる両親も警察も自衛隊も消防士も政治家も役所もない。ずいぶん遠くから旅をしてきた者から聞いた話では日本中がそうなのだという。嘘かもしれないが、こんな状態である町を大人が放っておくとも思えないから、多分本当なのだろう。
ある日大人は全員が抜け殻になってしまった。体はそこにあるが、魂がない。生きてないけど死んでもいない、ただのモノになってしまった。家族の傍を離れられない子供も大勢いたが、大体が死んでしまう。抜け殻に魂が戻るのは子供だけだ。たぶん半分が大人で半分が子供だからなのだろう。だが大人が戻ってきた噂は全部ただのデマだった。
子供たちは大人の帰りを待ち続けて待ち続けて、待ち続けた結果、ひとつの結論を出した。もう二度と大人たちは帰ってこないのだと。だから親からもらった名前を捨てる。捨てなくては強くは生きられないのだ。
一方でそれでも帰りを待っている子供はいる。だがチップは、そういった家に引きこもって両親の残骸と待ち続けている子供をカモにしている。コンビニやスーパーマーケットは粗方が強い群れに支配されている。チップはそういったリスクのある冒険は避けて食料や水を溜め込んでいる一軒家をよく狙った。人を殺して物を奪う事に最初は強い罪悪感があったが、長い時間が過ぎるとそれも薄まっていった。

純はチップの話を呆然としたまま聞いていた。簡単に『こっち』の世界になじめる訳がないのは折込み済みだが、この少年は泣き喚いたりしなかったし頭が壊れた訳でもなかった。
「僕の名前はリッパー」
長谷部純は自分で今までの名前を捨ててリッパーになった。この時は気づかなかったが、後になってリッパーの家の残骸を覗いた時に床に残った黒い血の痕跡を見て少しわかった気がした。おそらく彼は、抜け殻になる前に自分の両親を殺していたのだろう。
リッパーはカブトが教えてくれたその名の意味する凶暴さは少しもない男の子だった。だが自分の姉の残骸を犯したビンゴと衝突もなくそれなりに付き合っている所を見ると多少は壊れてしまっているのだろう。そうでないと生きられない、とチップは思う。まず生き抜く事を考えるのがチップたちの世界の子供たちの義務だった。

なによりチップたちは生きていかねばならない。チップは弟が残骸になってしまう事を何よりも恐れた。チップとタップは嫌というほど残骸を見てきたが、子供たちは一様に他人の残骸で遊ぶのが大好きだ。かわいいものは落書き程度だが、猟銃の的にされて頭を吹っ飛ばされたり、ピラミッドのように何十体も積み上げられたりする光景もよく見かける。子供たちには残骸は大人だけではなく死んだ子供も他人ならば残骸でしかないのだ。弟をああいう風にだけはさせたくない、とチップは思う。そのためにはタップが大きくなるまでチップが生きて守り続けなければならない。それ以外の事は考えないのがチップが生き抜くためのルールだった。

――だが、いつになったらタップは大きくなるのだろう。そう考えるといつもチップの心は冷えてゆく。恐ろしい程の長い時間が過ぎている筈なのに、この町の子供たちはチップも含めてみんな大人にはならないのだ。
もしかして、これが地獄というものなんだろうか。そうチップは時々考える。だが、もしそうだからと言って何が変わるのだろう。心の冷えに任せれば本当に壊れるしかない。チップはこの世界に踏みとどまって今日も群れを率いて住宅街を襲う。




2012年4月8日日曜日

2012年4月6日金曜日

おじいちゃん

 小さかったおばあちゃんが、大きくふくれあがっていた。「全身に水が溜まって、浮腫んでいるのだ」と、主治医は言った。体中にくだが刺さっていて、トイレさえも行けない。痰さえも自分で吐き出すことができない。それでも、おばあちゃんは確かに生きていた。
 十数年ぶりに生まれ育った町に帰ってきた私に、おばあちゃんはベッドの上で何かを語りかけようとしていた。私がちゃんと聞き取れていないことに気づくと、おばあちゃんは起き上がろうとさえしてくれた。もうすでにそんな力はなかったんだけれど。
「お祭りに来たが? 私も行きたいがいけど、あかんやろねえ」
 一生懸命話しかけようとするその口元から、私はその声を聞いた。聞こえたんじゃなくて、伝わったと言った方が正しいかもしれない。
「ごめんね」
 おばあちゃんはそう言ったかと思うと、次の瞬間にはすでに眠ってしまっていた。

 家に帰ると、おじいちゃんが酒をあおっていた。タバコも酒も好きだったおじいちゃん。タバコは止めて、酒も一日一合にとどめているらしい。おばあちゃんにきつく言われたそうだ。
「ばあちゃんがおらんからいくらでも飲めるがいちゃ」
 おじいちゃんはそう言って笑った。私はおじいちゃんの酒を一杯だけもらって飲んだ。あまりおいしくなかったけれど、私は笑って、「そうやけど、あんま飲んだらあかんよ」と言った。
「大丈夫やちゃ。ちょっと飲んだらすぐ眠なるもん」
 白い字でキリンビールと書かれた小さなコップを見つめて、おじいちゃんは無精髭を触っていた。幼い頃、嫌がる私の顔に擦りつけてきたその髭も、今は少し弱々しく見えた。

 私がこの町に住んでいた頃、おじいちゃんの名は町中に轟いていた。もちろん良い意味ではなく、悪い意味だ。一度機嫌を損ねると手をつけられないほどに暴れるじいさん。それがおじいちゃんに対するこの町の人たちの評価だった。
 でも、当の本人は実にあっけらかんとしていた。普段のおじいちゃんは誰にでも話しかけ、ことあるたびに家に人を呼び入れていた。そして、掛け軸や、彫刻や、仏壇を自慢するのだ。当時はかなり勉強のできる子だった私も、おじいちゃんの自慢の対象だった。

 病院から電話がかかってきたのは、朝の五時だった。電話に出たのはおじいちゃんだった。私も起きだしてきて、そのおじいちゃんの姿を見ていた。最も悪い予測を私はしていた。
「ほんまか」
 おじいちゃんの顔面が蒼白になる。今にも受話器を落としそうだった。私はうつむいた。
「友里、車、運転してくれんか」
 受話器を置いたおじいちゃんは、静かにそう言った。

 私の運転で、病院に行った。おばあちゃんは集中治療室にいた。体中には相変わらず何本ものくだが刺さっていて、ピッ、ピッとモニターの音がしていた。医師がひとりと、数人の看護師が慌ただしく働いている。
「もうあかんがか」
 おじいちゃんはそう医師に聞いた。
「うん。あかん思うわ」
 本当なら医師がそんなことを言うべきではないと思う。でも、彼とおじいちゃんの間には私の知らない信頼関係があるのだろう。
「そうか」
 おじいちゃんはそう言ってうなだれた。私は、言葉が出なかった。
 おじいちゃんはゆっくりとおばあちゃんのベッドの横にひざまずき、浮腫んだおばあちゃんの手をとった。医師は看護師に集中治療室から出るよう指示した。
「ばあちゃん、おまえ、祭り一緒に行こういうとったがに、死んだらあかんないけ」
 おじいちゃんは搾り出すように言った。
「おらがこんながやから、苦労かけたな。おらもすぐ行くから待っとられ」
 おばあちゃんは動かなかった。そのまま、数分が過ぎた。

 モニターから聞こえる音が変わって、医師がおばあちゃんの死亡を確認した。
「五時三十七分、ご臨終です」
 こういう言い回しはどこでも変わらないんだな、と思った。
 私は、集中治療室を出て、デイルームと呼ばれる場所に向かった。ナースステーションの前を通ると数人の看護師が涙を拭いていたけれど、私の姿を見て仕事の顔に戻った。私は、「ありがとうございました」とあいさつをした。
 私がデイルームの椅子に座っていると、ひとりの看護師が小走りでやってきた。私が会釈をすると彼女も小さく頭を下げた。
「おじいちゃん、いつもおばあちゃんのところにいらしてたんです」
 落ち着いた声で、彼女は話し始めた。
「本当にいつも仲が良くて。ナースステーションで『素敵なおじいちゃんとおばあちゃんだね』ってみんな言ってたんです」
「そうですか」
「おじいちゃんを、大切にしてあげてくださいね」
 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。そして、「出すぎたことを言ってしまいました。申し訳ありません」と言った。
「いえ。本当にありがとうございました」
 私は立ち上がって、お礼を言った。

 太陽がのぼって、デイルームの窓から見える景色は朝の光で包まれていた。今日も、世界の人々にとって普通の一日が始まる。
 しばらくして、おじいちゃんがデイルームに来て、タバコを吸った。やめていたんじゃなかったのかしらと思いながら、私はそんなおじいちゃんを見ていた。
 おじいちゃんの目は真っ赤に染まっていた。

 北国の短い夏はまだ始まったばかりだった。